第15話
ホーンテッドハウスのトイレは3つ。
ゲスト用が2つと、スタッフ用が1つだ。
ゲスト用男子トイレは、かなり広く、洋式5つと、小用が6つ。
かなり充実している。
ゲスト用女子トイレは、洋式が1つしか無い。
ゲスト用女子トイレは、店の性格上
女性客がまったく来ないので、もっぱらキャストが使っているのだが、キャストの数につり合わず、
セイレーンのような籠城者が居ると、
ゲスト用男子トイレに駆け込むキャストも多い。
ホールから外れ、少し奥まった所にある
スタッフ用は、洋式2つと大きな鏡のついた
洗面台があり、それなりに広く使い勝手がいいのだが、滅多に使う者は居ない。
…出ると言うのだ…
奥の個室で用を足すと、上から血だらけの男がのぞく。
洗面台の蛇口から、髪の毛や血が出る。
鏡に映る、自分の後ろに女の影。
スタッフ用トイレは、それなりに時代を経た
建物にありがちな怪談の対象になっている。
だいたい、ホーンテッドハウスの
バケモノキャストが、
こんな何処にでもありそうな陳腐な
怪談を怖がり、広くて使い勝手のいいスタッフ用を敬遠しているとは笑ってしまう。
生霊を見抜いた、トイレの花子さんも敬遠組だ。
思い込みと言われようと、見える屍人のたぐいは恐怖の対象では無いし、
実際、何度も使っているが、それらのたぐいを見たためしは無い。
もっとも…鬱陶しくて面倒な…生霊は別だが…
ただ、使うのが私くらいだからと言って、
4本ある蛍光灯のうち2本が切れかかり、
チラつくのだけは変えてもらいたい。
トイレで蛍光灯がチラつくのは、
バケモノのたぐいが出ずとも、薄気味悪いものだ。
… … ア … ……イ … …ア… …
気配がする。
トイレのノブに手を掛けたが引くのをためらった。
アッ… …アッア… イッイ… アッ…
明かりは付いていない。
息を殺してドア越しに中の様子を探る。
アッ… ア… アアッ… …イッ …イイ
勢いよくドアを開け、明かりを付ける。
…
……
… カッパ…?
チラつく蛍光灯の下、後ろ向きで大きな尻を突き出した女に、夢中でしがみついた小さいカッパが、目に飛び込んで来る。
そいつは私に驚いて、奥の個室に隠れた。
かがんで尻を突き出していた女は、ウエストまでたくし上げた黒いミニと、ひざまで落とした黒いストッキングをゆっくり戻して、
私と向かい合う。
テクマクマヤコン テクマクマヤコン テクマクマヤコン …
女は、いきなり呪文を唱える。
誤魔化してるつもりか?
何をしていたかくらい想像はつく。
女は、店で1番背が高く、スタイルのいいキャスト、黒い魔法使いサリー。
別名、枕営業のサリー
サリーは、ただ黙って酒を飲むだけのキャストなのだが、店の順位はカーミラに次ぐ実力者だ。
あまりに口をきかないので、たまには
アニメの魔法使いの呪文でも言いなさいと、
スタッフに言われ、そのまま魔法使いになった。
何も話さず、たまに訳の分からない事を言うキャストと飲んでも、つまらないと思うのだが、
サリーの客は、酔っていやらしく表情を変える
彼女を見ているだけで、酒が進み、
交渉次第で自分の欲望を満たしてくれる彼女に
群がった。
このトイレは、やっぱり出るのね。
カッパが居たわ。
カッパよ、カッパ、小さいカッパ!
サリーちゃん、あなた、襲われていたじゃない!
奥の個室に向かって怒鳴ってやった。
サリーは、ただ、立っている。
手前の個室に入り、流しながら用を足す。
さっき、ジジを見つけたの。
ミドリさんのテーブルで。
あとで、探しに行っていい?
サリーが言う。
大きな身体に不釣り合いな可愛い声だ。
ジジとはサリーの飼い猫なのだが、数週間前に、車に轢かれて死んだ。
ジジの訳はない。
黒猫に姿を変えた私の生霊を探すと言うのか…
この魔法使いが見ていたとは信じ難い。
それに、彼女の飼い猫ジジは、白猫なのだ。
好きになさい。
そう言って個室を出た。
チラつく蛍光灯の下、目の前の鏡に映った自分に驚く。
顔が、酒に酔い、浮腫んで、目だけ緊張して引っ込んでいる。
白いワンピースは、生乾きのワインで汚れて、
不気味。
屍人や生霊より酷い。
今の私は、ホーンテッドハウス1、本物のバケモノに近づいているのかも知れない。
探しに行くね。
奥の個室から聞こえる。
私が用を足している間、サリーはカッパと合流したようだ。
カッパいかせて、私もいったら、お金もらって
ジジ、探しに行くね。
数時間前の会議室を思い出す。
金はもらったが、生霊に邪魔されて、
たいした仕事も出来ず、私の身体も満足出来なかった。
まだ、女の欲が奥で、くすぶっている。
年甲斐もなく、彼に可愛いがってもらいたい。
カーミラとの勝負に勝って、彼の待つ部屋に急ぐのだ。
明かりを消して出る。
… …アッア …ア …イッ …イ… ア…
……
…
カッパは、脳天のハゲ上がったサリーの客だ。
ラミパスラミパスルルルルル…
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