第16話


スタッフ用、行ってたんでしょ。


そう言うと、カーミラは二代目の安い焼酎を

横取って、自分のバッカスワインの入った

グラスに注ぎ、かさ増す。

バッカスワインの残量が気になるのだろう。



魔法使いにカッパが乗ってたわ。

魔法使いだけ、黒猫探しに来るんだって。


私もテーブルに着く。


黒猫?

彼女の猫は白じゃない…?

…カッパ…?

キャハハハハハ…

最高!


カーミラの、この笑い。

店の中は、すべてお見通しなのだろう。


始めるわよ。


カーミラはグラスを割った。


取り巻きは、もう居ない。

バッカスコールを2度もしたテーブルとは

思えない。


隣のテーブルのセイレーンが、追加のシャンパンをおねだりしようと、泣き始める。

店の活気に、このテーブルだけ遅れを

取っていた。

あれだけ負けるのが嫌だったゲームは退屈で

苦痛に思えて来る。

お互い、口の中の確認もしなくなった。

今は、彼の待つ部屋の事ばかりが頭に浮かぶ。

サリーに、いやらしい魔法をかけられたのだ。

けど、絶対に負ける気は無い。


らちが開かないわ。

グラスを変えるわよ。


カーミラは、バッカスワインを水割りグラスに

移し、空になったワイングラスを割って

テーブルに広げる。 


ここからはグラスの割り直しは無しよ。

どちらかが負けるまで、ここから選ぶの。

参りましたは無しね。

今までの退屈な時間が無駄になるわ。


ワイングラスの破片は薄く、舌の上に乗せた

だけで、切りそうだ。

まして、ワインを飲んだ拍子に舌を動かせば、

ただで済みそうに無い。

ゲームを始めたばかりの緊張が、蘇って来る。



今まで、人と競った事など無かった。

こんなゲームに何の価値も無い事など承知だ。

くだらないと思う。

母と2人、狭い世界を繰り返し生きて、歳を重ねてしまった。

私の中の残り少ない女の部分が悲しく暴走している。

どんな内容であれ、

どんなに望んでも手に入れられ無い若さの塊の

ような女と、同じ土俵で勝負している。

この勝負に負けると、私と言う女がすべて否定されてしまうような不安が、

勝負を始めてからずっと、胸の器を少しづつ

満たし続けていた。


負けない。


カーミラの目が赤い。

酔っているせいかも知れないが、本物の吸血鬼のようだ。

血を見るまで、絶対にやめそうに無い。


望む所だ。

女吸血鬼の口壁を血であふれさせてやる。



今夜は、このテーブルが一番よ。

でなきゃバッカスコールの意味が無いじゃない。

さあ、テーブルをわかす観客を集めるわよ。


そう言ってカーミラが叫ぶ。


カーミラの生乳!


さすが女吸血鬼。

カーミラの遠吠えはオオカミのごとく良く通る。

一瞬、店がざわつき、

あっと言う間に客が集まった。

化物屋敷のNo.1、客のあやつりかたを

知っている。

ただし、バッカスコールの時と、集まり方が

違う。

キャストは誰一人集まら無い。

各テーブル、キャストだけ残って、客が戻るのを待つようだ。

カーミラの生乳など、興味無いのは当たり前

だが、残ったキャストは、どんな気持ちなのだろう。

自分指名の客が、生乳の一言で、一時的に

カーミラに奪われるのだ。

プライドの高いキャスト達にとって、気分のいいもので無いのは確かだろう。

キャストだけポツリと残っているテーブルは

不気味だ。

そんな事は、お構い無しにカーミラが叫ぶ。


私が負けたら生乳、見せたげる。

出血大サービスよ。


女吸血鬼の出血サービスに、取り巻きがわく。

眠そうに半目で焼酎を舐めていた二代目も、

取り巻きの勢いに合わせて騒ぎだした。


一回で決めるわよ。


カーミラは、破片をつまんで慎重に舌の上に置き、ワインをふくむ。

喉を鳴らした後、破片を取り出しクーラーボックスに放ると、口を大きく開いて舌を器用に動かして見せた。


切れて無い!残念!オッパイ!オッパイ!

残念…!


取り巻きが騒ぐ。


ミドリさんの番よ。


騒ぐ取り巻きの中心で、満足そうにカーミラが

言う。



破片はどれも大きく、酔いがまわっているせいか、どれも同じに見える。

当てずっぽうで選ぶしかない。

舌を極力動かさ無ければ、なんとかなりそうだが、薄いワイングラスの破片を上手く扱えるか

自信がない。

酔いで繊細な動きが出来なくなっている。

カーミラが出来たのだ、私に出来無いはずは無い。

コツをつかめば、危険なジョーカーを口にしなければいい。

ガチで運だ。

女吸血鬼の生乳、さらしてやる。

ジョーカーでない事を信じて、少し小さめを舌に乗せ、恐る恐る口に納めた。



口の破片を何とか落ち着かせ、ワインをふくもうと、グラスを唇に当てた時、突然、

取り巻きの中から腕が伸び、私の肩を激しく

ゆする。


ミドリさん、呼びました?


グラスからワインがこぼれる。

スタッフだった。


ワインをふくんだタイミングなら、確実に舌と口壁を切っていただろう。

ゲームオーバーである。

だいたいキャストのコールに、肩をゆすって答えるなどあり得ない。

それ以前に、スタッフなど呼んだ覚えは無い。


何すんだ!馬鹿野郎!

お前こそ、お呼びで無いんだよ!


カーミラの生乳見たさの取り巻きが騒いで、

そのスタッフを蹴り倒す。



チッ!

使えねえなぁ。

早過ぎるんだよ…


そう言ってカーミラは真っ赤な目でスタッフを

にらみつけ、私には決まりが悪そうに目を細める。

スタッフはオドオドと消えて行った。


そう言う事か…


狡猾な吸血鬼は、私の目を盗んであらかじめ罠を用意していたのだ。

生乳、さらすなんて自信はここにあったのか…

これには私だけでなく、取り巻きも気付か無い訳が無い。


イカサマだ!

カーミラの負け!

オッパイ!オッパイ!オッパイ!オッパイ!


取り巻きが騒ぐ。


冗談じゃない。

生乳見たさの取り巻きが私の味方に付いてくれたのはありがたいが、こんな勝ち方望んでいない。


ワインをふくんで、舌を動かさ無いように慎重にワインだけ飲み込む。

上手くいった。

破片をクーラーボックスに放って、口を大きく開けて見せたが、誰一人気にしてくれる者は居なかった。


わかったわよ。

トップレスになったげる。

だけど、負けて無いわ。

血が見たいの。


カーミラはそう言って、あっさり不正を認めたものの、負けは認め無い。


胸でギャラリーを集めたのは凄いけど、

トップレスのあなたと勝負なんて御免だわ。

私も、あなたの血が見たいの。


ドレスに手を掛けたカーミラに言うと、

今まで味方だった取り巻きが、いっせいに

敵になる。


余計な事言うな!カーミラはトップレスで

勝負させろ!ペナルティだ!


取り巻きが野次る。


トップレスは私のゲームに関係ない。

カーミラが勝手に言った事だ。

ギャラリーを盛り上げるならゲームの後にすればいい。

女の若さを突きつけられて勝負するなど、

御免だ。

私のくたびれた女が、あまりに惨めすぎる。



あんた、臭いね。

さっきから…


取り巻きの誰かが言った。


臭い…?

まただ…

生霊…?

黒猫… 赤い…ワンピース…


かなり酔った二代目が、口を開く。


あんたの臭いは、ションベン通りの臭いなんかじゃ無い。

俺は坊主だから嗅ぎ慣れてる。

そりゃ死臭だ。

…昔から…まとわりついていた…よ…


二代目に言わせると、私は昔から死臭がしたらしい。

死臭と死霊ならともかく、死臭のする私に

生霊がついているとは笑える。

私は霊のスーパーマーケットか?


今は、カーミラとの勝負だ。

女吸血鬼に勝てるなら、生霊でもなんでも味方につけてやる。


破片を見て!

どれも凶器じゃない!

あと、1、2回、勝負すれば決まるわ。

勝っても負けても私の生乳、拝ませてあげるんだから、ガタガタ言わずに、しっかり見届けなさいよ!


イカサマなど無かったかのように、しれっと

カーミラが言う。

それに不満で答える者は、誰も居ない。

それどころか、最高に盛り上がっている。

これが、ホーンテッドハウスNo.1の実力なのだ。

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