第17話
臭い… 臭い… 臭い… 臭い… 臭い!
取り巻きの何人かが、騒ぎ出す。
ただ、さっきと違うのは、私に向かって言うのでは無くて、店内のあちこちに向かって、
首を振っていた。
カーミラは、そんな事はお構い無しに、慎重に
破片を選んでいる。
…カ …オ …カオ カ… オ… カオ…
聞こえる。
私の破片選びを邪魔するつもりか。
邪魔するなら、カーミラへ行け、ゲームが終わったら、好きなだけ付き合ってやる。
臭い… 匂う… 匂う… 臭い… 匂う!
せわしなく鼻をヒクつかせる、数人がうっとうしい。
当たりの破片はどれだ。
全部、ジョーカーに見える。
集中出来ない。
…
…
一瞬、取り巻きの隙間から店内が見えて、
キャストだけ残ったテーブルが目に入り、腰を抜かしそうになる。
居る。
各テーブルに独り残ったキャスト達全員が、赤いワンピースを着ている。
正確には、赤いワンピースが重なって、顔だけ
こっちのテーブルを向いている。
向いた目は、死んだ魚のように瞳が無い。
残ったキャスト全員の身体を、赤いワンピースが乗っ取ったように感じる。
その恐怖は、ポツンと残ったキャストの数だけ、お腹の中心から震え上がらせ、肌は泡立った。
すぐ隣のテーブルで、ブルーのドレスを着ていたセイレーンも、赤いワンピースで、生気の無い白い目をこちらに向けている。
ゲームどころでは無い。
他のテーブルを見て!
うわずり気味でカーミラに言う。
他のテーブルがどうかした…?
わずらわしそうに、女吸血鬼が辺りをうかがう。
……他のキャスト達…赤いワンピースに重なって…こっちに…悪意を向けてるようだわ…
…怖くない…?
落ち着こうとワインを飲んでカーミラに言う。
赤いワンピース?
…何…それ…?
他のテーブルを気にする余裕なんてあるの?
言うだけ無駄だった。
カーミラには見えて無い。
…セイレーンを見て…
赤いワンピースが重なって、どこ見てるかわからない目で、こっちを向いてるじゃ無い!
すぐ隣のテーブルなら、私の感じるこの異常さが、さすがのカーミラにも伝わると思い口にする。
ミドリさん酔ったの?
セイレーンのドレスは青よ。
それに、あの顔は客と泣くタイミングを
私に奪われて、ふてくされてるだけじゃ無い。
居もしない赤いワンピースが、何だって言うのよ。
化け物のたぐいで、動揺させようって作戦ね。
そんな子供騙し、あたしには通用しないわ。
ここまで粘ったんだから、楽しませてね。
この店No.1の女吸血鬼に、他のキャストなど眼中に無い。
破片選びに夢中だ。
…私も、選ば無ければ…
…集中し無ければ…
…
ジジが居ないの。
取り巻きを割って、サリーがやって来る。
最悪のタイミングだ。
サリーの相手をする余裕は無い。
魔法使いはごく自然に空いていた私の隣の席に
腰を下ろした。
それをカーミラは見逃さ無い。
あんた、何してるの⁈
ここはバッカスコールのテーブルよ。
軽々しく座ってもらっちゃ困るわ。
その辺に居るんでしょ…ジジ…じゃ無くて
ジジイのカッパが…。
カッパと一緒に自分のテーブルに戻りなさいよ!
あんたの白猫は、とっくにこの世に居ないんだから!
キャハハハハハ…!
取り巻きが盛り上がる。
無理もない。
今、このテーブルには、この店No.1とNo.2が居るのだから。
サリーはブツブツと独り言を言っているが、席を立とうとし無い。
バッカスコールをして、このテーブルの格を上げきった高級ゲストの二代目は、カーミラの横で完全に潰れていた。
今夜は全部、あたしのものよ!
売り上げも!客も!ゲームの勝者も!
他のキャストは、おとなしく指をくわえて見てればいいわ!
キャハハハハハ…!
カーミラは叫ぶと、破片を摘んで、店の弱い明かりにかざす。
女吸血鬼のアイテムは決まったようだ。
カーミラ!カーミラ!オッパイ!カーミラ!オッパイ!サリー!やらせろ!サリー!オッパイ!カーミラ!サリー!サリー!サリー……!
取り巻きが騒いでいる。
カーミラの生乳で集まった客は、ただ騒ぐだけの歯止めの効かない群れと化していた。
他のテーブルに残っている客が、1人も居ないのを理由に、このテーブルの馬鹿騒ぎをスタッフは見て見ぬふりをしている。
カーミラと、ゲームのいかさまに一枚噛んだのだからなおの事。
その群れの中心に、カーミラと居るのに、この疎外感は何だろう。
カーミラとの勝負の相手は私。
取り巻きの目に私が映っているように感じ無い。
群れは、カーミラの名と後から来たサリーの名は叫んでも、ミドリと叫ぶ客は1人も居なかった。
ハイ。
サリーが破片をつまんで、私に突き出す。
それを、当たり前のように受け取った。
…ミドリさんの勝ちよ…
テクマクマヤコン…テクマクマヤコン…テクマクマヤコン…
カーミラはサリーをあなどっている。
不思議キャラで、枕営業するからと言って、それだけで、この人気店でNo.2で居られるなんて、有り得ない。
彼女もまた、彼女なりの、したたかさを持ち合わせているのだ。
腹は決まった。
魔法使いの選択に賭けてみるのも悪く無い。
サリーの破片で勝負してやる!
行くわよ!
カーミラが破片を口に放り込む。
それを追いかけて、私も口に放り込んだ。
カーミラ!カーミラ!バッカス!バッカス!オッパイ!オッパイ!カーミラ!揉ませろ!オッパイ!吸わせろ!サリー!
サリー!結婚してくれ!カーミラ!付き合って!バッカス!酒おごれ!臭い!臭い!やらせろ!バッカス!今夜はタダにしろ!サリー!……
取り巻きは、勝手に盛り上がって、好きな事を叫び出す。
自信と余裕のカーミラの顔が、一瞬、険しくなったと感じた。
間を開けず、私は破片をうまく舌の上で落ち着かせ、ふくんだワインを操って喉に流し込む。
慎重に破片をつまみ出し、クーラーボックスに放ると、口を大きく開けて見せた。
ハハハハハハ…! ハハハハハハ…! ハハハハハハ…! ハハハハハハ……!
私に対して、取り巻きのジャッジは笑いだ…。
カーミラが、おかしい。
バッカスワインに手をそえたまま、口にふくもうとせず、固まっている。
カーミラ!カーミラ!カーミラ!カーミラ!
応援のつもりか、群れが騒ぐ。
カーミラ!カーミラ!カーミラ!カーミラ!
カーミラは、ひきつり気味の顔を、無理に余裕の顔に変えたまま動かない。
カーミラに近い客が、笑いながらカーミラコールに合わせて、おせっかいにも、無理にバッカスワインを彼女の口に押し込んだ。
グッ!…グッ…!ギュべー!!
カーミラは、おかしな音と一緒に、バッカスワインを吐き出す。
吐き出されたワインは、かなり黒く濁っていて、ところどころ細かく光っていた。
…
…
勝った。
騒いでいた取り巻きが、何故か全員、不機嫌に黙って、私を見詰める。
賞味期限の切れかかった女が、ぶざまに負けて血を流す。
それを見下しながら、女吸血鬼の乳房を目で堪能し、酔いに任せて騒ぎたかったに違い無い。
当てが外れた。
どうしてくれるんだ。
黙った取り巻きの、しらけた目が私を責める。
こんなはずじゃ無かった。
成り行きで始めたゲームだが、ただ、店一番の女に勝って、残り少ない私の女をなぐさめて、自己満足したかっただけなのだ。
口から血を流し、カーミラが何か言っている。
何を言っているのかわからない。
彼女が口を開くたび、赤黒い血と唾液が、口元から首元に這って行く。
かなり深く切ったらしい。
騒ぎを黙認していたスタッフが、さすかに血相変えて飛んで来る。
大丈夫ですか!
大丈夫な訳無い。
カーミラはスタッフの手をさえぎって、私に笑いながら何か言った。
ミドリさんの勝ちね。
私には、そう言ったように見えた。
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