第10話

生霊。

どうりで、血が出て無いのに見れたはずだ。

理不尽に関わって来る分、見慣れた屍人よりタチが悪い。


着替えて姿見の前に立つ。

白いワンピースに軽く下着が透けている。

化粧がだいぶ崩れてしまった。

直して女を作るには、かなり時間がかかってしまいそうだ。

向かいの坊主とは言え、あまり待たせるのも、気が引ける。

このまま行ってしまえ。

ホールに向かった。




今夜は赤いドレスのキャストが多い。

さながら、女吸血鬼の宴だ。


女吸血鬼のほとんどは、本指名の太い客がいて、売上げ上位を占めている。

彼女達に、嬉しそうに金を吸われる客は

滑稽だ。

太い客と言うのは、妖怪どものわがままを何でも聞く、彼女達の奴隷と言う名の財布なのだ。

ただし、奴隷も、それなりの財力が無いと

つとまらない。

彼らは奴隷になり下がる事で、

自分押しのキャストに力を与え、

キャストと店の中の地位に酒と一緒に酔う。

ホーンテッドハウスの中では、指名が無いと言う事は致命的なのだ。


待機席には誰もいない。

花子さんも、客の財布と心をつかみに行けたみたいだ。

あれだけの美人、放っとく男は居ないと思うが、ちょっとだけ心配になる。

トイレの花子さん、キャストからは別名シュチエーションクラッシャーと呼ばれている。


しばらく。


予想通り、二代目だった。


今日、出勤だって聞いたんでさぁ…


テーブルには飲みかけのシャンパンが2本と、

手付かずのまま乾きかけたフルーツやフレッシュチーズが整然と置いてある。

カーミラは私に目も合わせず、つまらなそうに

頬杖をついて、隣のテーブルを眺めている。


隣はブルーのドレス。

人魚セイレーンのテーブルだ。

人魚のセイレーン、泣きのセイレーン。

彼女は、しょっちゅう泣いている。

泣くのを前提に化粧をし、泣いて、いかに可愛いく見えるか日々、研究しているようだ。

泣いて、しょっちゅう顔を直すから、トイレに行く回数がべらぼうに多く、他のキャストに迷惑がられている。

どんな性質の涙でも、男は女の涙に弱い。

ホーンテッドハウス1、したたかなモンスターだ。

それが功を奏し、メキメキとキャストの順位を上げている。


ポン!


チッ、またあいた。


カーミラがつぶやく。

セイレーンのテーブルで追加のシャンパンが

あいたのだ。

人魚は激しく泣き、泣きながら客にわからないように、こちらのテーブルを見て口元だけニヤついた。


…つまらない…つまらない、つまらない。つまらない!つまらない!


二代目の首筋にかぶりついて女吸血鬼がすねる。


カーミラはホーンテッドハウスが誇るNo.1だ。

ここ数ヶ月、その牙城を崩した者はいない。

普段は店のほとんどが彼女の客で、営業時間いっぱい、新体操の選手のように華麗にあちこちのテーブルを跳ねている。


何なの、この地味なテーブルは。

今夜は私を独占したいから他の客は切れって

言ったくせに。

おまけに、散々、いじめて来た幼馴染を、

この私と一緒にダブル指名するなんて許せ無いわ。

あのペテン師人魚じゃ無くても泣きたくなるじゃない。


カーミラは二代目の首筋に、かぶりついたまま恨み言を続ける。

これだけの人気嬢を、一言で独占してしまうなんて、どれだけ貢いでいるのだ。

思えば、カーミラがNo.1になったのは、

このクソ坊主が通うようになってからだ。


ミドリさん、一緒にテーブルに着くの、初めてね。

お話するのも初めてだし、私のヘルプに着いた事も無いわよね。


ようやく彼女と目が合った。

ヘルプは指名が被ったキャストの替わりに、指名の無いキャストが、そのテーブルをつなぐ事である。

普段はスタッフがランダムに着けるのだが、No.1ともなるとヘルプすらNo.1が決められるし、ヘルプに指名が入っていたとしても客が了承すれば、着ける事が可能なのだ。

カーミラのヘルプは、だいたい女吸血鬼の中で決められている。

女吸血鬼の客は、彼女達の言いなりで、

扱い易いからだろう。


そうね。

挨拶すらした事ないし、された事も無いわ。


軽く毒を吐いてみる。

二代目は私と彼女を見比べて、困ったように気の抜けて温まったシャンパンに口をつけた。


二代目の格好は派手である。

髪は短くしてあるが、ソフトモヒカンのように微妙に中心だけ残し、パッと見、頭にツチノコを飼っているように見える。

服装は何から何まで高そうなブランド物で、中でもゴツいクロムハーツのネックレスが目を引く。

ずっと着けていれば、確実に肩凝りになりそうな重いシルバーのネックレスは、四六時中、

着けているとじまんする。

ネックレスの重さに耐え、肩凝りに耐えるのは、彼なりの仏への修行なのだろうか。

そのネックレスには、大きな十字架のペンダントヘッドが付いている。

この髪に法衣を着け、法衣の下にシルバーの十字架を隠し、寺の御勤めができるとは、

はなはだ疑問だ。

こいつに送られた仏を思うと胸が痛くなる。

今時、堅苦しいのは流行らないが、

プライベートとは言え、こいつは、仏門に使える身でありながら、お化け屋敷に、シルバーの十字架を身につけ、女吸血鬼と、かつて散々イジメたさえない女を肴に酒を楽しもうとしているのだ。


ここは、つまらないテーブルだから、つまらない女の話をするわね。


カーミラが二代目の顔色と隣りのテーブルを

気にしながら語り始める。

このままなら、今夜の売り上げトップは、泣きの人魚に持っていかれる事になるだろう。


子供が産めないくせに、生理が来る女がいるらしいのよ。

子宮の空撃ちじゃあるまいし、それっておかしくない?


二代目をチラ見して女吸血鬼は続ける。


子供が出来ないのに血がでるなら、それって

子宮の病気よね。

そうでないなら、男が誰も寄り付かなくて、

女として終わってるから、子供が産めないなんて情を引いているだけだと思うの。

要は思い込み。

おまけに血を流すと化け物が見えるなんて、

どこまでかまってほしいのかしら。

年齢的に生理が終わっていそうなミドリお姉様に聞くのもなんだけど…

どう思います?

つまらない女よねぇ。


カーミラは不思議な女だ。

収入のほとんどを美容に注ぎ込んでいる。

彼女の身体のパーツのほとんどが作り物で、

人形が息をしているように見える。

顔一つ取っても、メスが入り過ぎて、もはや

親でも認識出来ないだろう。

こんなロボット吸血鬼、どこがいいのかと思うが、彼女には誰にも真似の出来ない最強のツールを持っている。


彼女には何を言われても腹が立た無いのだ。

彼女は、良く飲み、酔っ払い、

彼女のテーブルは、どこも彼女の怒鳴り声や

罵る声で耳障りだが、不思議とトラブルに

なったためしは無い。

それどころか、客は罵られて、幸せそうに笑っている。

事実、今、言われた私の事も、他の誰かが言ったのなら激昂して刺し殺したくなるだろう。

神様は不公平だ。

私の薄っぺらい過去が、このロボット吸血鬼を人として羨ましがっている。


若いうちは女を捨てきれないし、歳を重ねたら女にしがみつきたくなるじゃ無い。

つまらない女の事は、美意識の高い貴方になら、わかってもらえると思うけど。


自分の事なのに、まるで他人事に答えるように、驚くほど落ち着いて答えられる。

カーミラは、やはり不思議な女だ。


キャハハハハハハハハ…

ミドリさん最高!

飲みましょう!飲みましょう!


カーミラはスイッチの入った笑い人形のように忙しなく動き、私の空のグラスに冷たいシャンパンを注いでくれた。




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