第6話
経理部は他の部署と違って会話が無い。
各自、ただ黙々と机に向かい作業に徹している。
パソコンを叩く音だけが、同じ調子で
拡散していた。
そんな中、遅刻出社の理由を聞かれたら困ったが、特に何も言われなかった。
いつものように作業に加わり私のパソコンも音に加わる。
部屋の換気は行き届いているのだが、それを上回る異臭で息苦しい。
ションベン通りの臭いだ。
昨晩は送別会の参加者全員、深酒したに違いない。
パソコンの音の調子も、いつもと違っている。
能率が上がって無い証拠だ。
窓を開けに行きたいが、今朝見た赤い女が気になって近づけ無い。
このおばちゃん怖いよ。
怯えた子供の顔を思い出す。
子供は良くも悪くも素直に感じた事を
口にする。
大人には無い特別な権利だ。
だからと言って子供がみな、化け物が見えるとは限らない。
私の見た、赤いワンピースの化け物を、私を透して見て怯えたのか?
それとも、毎朝、何時間も女の作業をし、
女にしがみつくミドリに怯えたのか?
どっちか…
おばちゃんなのは百も承知だ。
けれど、赤いワンピースの化け物と、老いてなお女にしがみつく自分が、同じ化け物だと言われたようで絶望的に悲しくなった。
風を感じる。
誰かが窓を開けたようだ。
プルルル… プルルル…
電話が鳴る。
仕事のタイミングが合わないのか、誰も取ろうとしない。
仕方なく取った。
………。
無言電話だ。
嫌な予感がする。
受話器を置いて、仕事を続けた。
また電話が鳴る。
ミドリさん、外線です。
今度は同僚が取った。
目の前の電話に切り替えて、受話器を取る。
………。
また無言。
取り次いだ同僚とは会話してるはずだ。
相手が切るまで待ってやろう。
…リ エ… リエ… リ… エ…
赤い女だ。
どんな声?
切って、取り次いだ同僚に確認する。
女の人でしたよ。
親しげにミドリさんお願いしますって…
下の名前で呼ぶから、ミドリさんに、かなり近しい人かなって…
でも…
ミドリさんの電話の声に似てたかも…
フフフ…
同僚は何事かと不思議そうに答えた。
私が私に電話したとでも言うのか…
恐怖と不快感で指先が震える。
なんとか気を取り直して、パソコンを叩き始めた。
プルルル… プルルル…
電話が鳴った。
誰より先に受話器を取る。
あたしはミドリだ!
リエじゃない!
取り憑く相手を間違えてんだよ!
お腹で育った恐怖と不快感を吐き捨てるように、渾身の力で怒鳴った。
一斉にパソコンを叩く音が止んで、同僚達が私に視線を向ける。
受話器を置こうとした時、声がした。
ミドリちゃん、どうしたの?
部長だった。
部長…
あ… いえ…
お疲れ様です…
…たわいも無いトラブルです。
嫌らしい声だがホッとした。
一斉にパソコンの音が鳴り始める。
今日、どうかなぁ。
昨日、送別会で退社する娘、見てたら高ぶっちゃって。
最低な男だ。
寿退社の祝いの席で、主役の女子社員を肴に股間を膨らませ、酒をすすっていたに違いない。
しかも仕事中の内線で誘うとは呆れる。
こんな男だが、上の方からは可愛いがられ、
こんな男が出世するのだ。
ちょっと… 時間が…
周りに聞かれても、不自然にならないように
言葉を選ぶ。
今夜は、流石に店に出ないとクビになりそうだ。
この仕事が忙しすぎて店を休みすぎた。
大丈夫。
すぐに済ませるから。
いつもの小会議室、押さえとくよ。
退社のチャイムが鳴ったらね。
待ってるよ。
なんとも雑な扱いだが、貰える金には、かなり引かれる。
こんな最低男でも、手っ取り早く赤い女を忘れる、淫らな気分になりたかった。
それでは…
後ほど…
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