第4話

チュン チュン ゾワ チュン ゾワゾワゾワ チュン 痛。

ゾワ ゾワ ゾワ チュンチュンチュン 痛 痛痛痛……


頭が痛い。

延髄から脳の皺にそって虫が這いずり、頭の頂上を目指している所を小鳥がついばんでいるようだ。

おぼつかなく開けた目を日差しが突く。

晴れた朝だ。

小鳥のさえずりが騒がしい。

頭が痛い。

風邪をひいたか…

熱は無いようだ。

たまらず、戸棚から頭痛薬を漁り、使用書もろくに読まずに3錠口へ放り込む。

噛み砕いて、水道水で流し込んだ。


開けっぱなしだった窓の下は昨晩の雨が吹き込んで、かなり濡れてしまっている。

そこへ、たっぷりの日差しが乗り、跳ねて、

薄暗い部屋を明るくしていた。


まずは床を拭か無いと…


飲み散らかしたチューハイの缶が転がっている。


母は居ない。


私が酒を買いに行かなかった事に腹を立てて、ふて寝しているのだろう。


母の写真を探す。

何処にも無かった。

母が見つけたに違いない。

このだだっ広い平家の奥が母の部屋だ。

母は娘の私でさえ自分の部屋に入れたがらない。

母がヘソを曲げると面倒だ。

私が仕事の忙しさにかまけて、寝るだけに

家に帰るせいもあるが、

1か月近く部屋に籠られて顔を合わせ無かった

事もある。

母の写真は諦め切れないが、ここは母の機嫌が直る機会を待つ以外に無い。

それに、今は母と関わりたく無かった。


仕事で家を出る時間が迫っている。

時間と体温で半乾きの昨日の服のまま浴室に

駆け込み、そのままシャワーを浴びてビショビショの服を洗濯機に放り込む。

下着がシャワーで気持ち悪く張り付き

脱ぎずらい。

もたついていると昨日の母の言葉を思い出した。


あなた、男が出来たわね。


母は勘がいい。


鏡を覗き込む。

中には廃れて、くたびれた顔が置いてある。

これからが、最も時間を割く作業だ。

皺やシミを可能なかぎり修復して、誰もが見慣れたミドリを作らねばならない。

この作業なしには、一歩も外に出れ無い。

一通り身支度を済ませ、上着に袖を通す頃には頭痛は治まっていた。


テーブルの上に現金を置く。

また食材を腐らされては困る。

何より、母のために買物をするのはゴメンだ。


隠して置いたのに、目ざとく母に見つかった靴に足を落とす。

何処かの高級ブランド品との事だが、ツマ先に小さな傷があるとの理由で、ビックリするほど安く手に入れた。

踵は高くも無く、低くも無く履きやすい。

見た目はいたってシンプルだが、ストラップに小さなスズランの金具が付いているのが、年甲斐も無く嬉しかった。


玄関に転がる母の杖を軽く蹴って外に出る。

背中で思ったより大きな音がした。

母が起きて来るかも知れない…


かまうものか。


サラシ首の生垣を尻目に、

変わり映えの無い一日に備え、歩いた。





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