第12話
仕方の無い事だが、このテーブルだけ
キャバクラとは別の空気に変わってしまっている。
二代目は、自分で作ってしまった空気に
居たたまれず、あるべきキャバクラのテーブルに戻そうともがく。
落ち着か無く、フルーツやチーズを取り分ける。
居もしない、カーミラの分までもだ。
カーミラの席前は酷く散らかっているが、
そんなのお構い無しと、飲み散らかした
ボトルやグラスを集め始める。
本来、私がやらなきゃならない仕事だ。
無駄に忙しない彼の行いが、彼の語りの真実を裏付け、私の中の彼への、いくつかの否定をさらに否定して行く。
座っているのが、精一杯だった。
お酒が無いわよ。
カーミラが絶妙なタイミングで席に着く。
彼女は、この一言で、重苦しい空気を、
簡単に店の空気に戻してしまった。
大した女だ。
伊達にバケモノ屋敷の頂点に立ってない。
長いトイレだったな。
ちょっとだけ不機嫌そうに二代目が言う。
内心は、彼女の登場に救われているくせに。
だって、生理だもの。
わざわざ私の顔を覗き込んでカーミラが答える。
この女。
やはり、好きになれない。
血が足りないの。
真っ赤なワインが飲みたいわ。
女吸血鬼は二代目の片足に股がり、首にかぶりついて言った。
…バッカス…
二代目が、メニューも見ずにつぶやく。
え! 何! もう一度!
もう一度言ってよ!
カーミラが二代目の顔を覗き込む。
だから…!
バッカスだよ!!
彼は店の支配者にでもなったように立ち上がって、スタッフを呼んだ。
バッカスとは、この店、最強のコールである。
バッカスをコールした客はシャンパンかワインの二択しかできず、店が勝手に一番高い酒を持って来る。
この一番高い酒と言うのが曲者で、
メニューには載っていない。
通称ゴーストメニューと呼ばれ、ボトル一本で軽く三桁はとぶ品物である。
バッカスをコールした者は、その夜の店を
支配する。
少なくとも、私はバッカスコールを聞いたためしは無い。
バッカス!バッカス!バッカス!バッカス!
カーミラが無邪気に小踊りする。
さすがのNo.1も、嬉しさのあまり、動揺して
どうしていいのかわからないようだ。
今宵の売り上げも、カーミラのトップは間違い無い。
隣のセイレーンは、カーミラのバッカスコールに泣くのをやめた。
赤よ!赤!私の血になるの!
カーミラが叫んだ。
しばらくして、スタッフが、赤ワインを1本持って来る。
緊張してるのか、言い慣れないワインを
紹介するのに、噛みまくっていた。
使い慣れているはずのワインオープナーが、
なかなかコルクに食い込まない。
ボトルからグラスに注がれる時間が長く
もたついている分、このボトルの高価さが
伝わる。
スタッフは、3つのグラスに注ぎ終えると、
あとは勝手にとばかりに消え失せた。
やたら喉が渇く。
一口含んだ。
元々、酒の味なんて、わからない。
まして、ワインの価値なんて論外だ。
けれど、グラスに口を付ける度に、気持ちが落ち着く。
お経もまともに読め無いから、録音で流してるんでしょ。
そんなエセ坊主が、私の家の何がわかるって言うのよ。
私の家に最悪が育っているなんて、
坊主の癖に、事故物件あつかう不動産屋みたいじゃない。
最悪で救いようの無い私の家を手に入れて、
どう面白おかしく有効利用するって言うのよ。
家、潰して、あのデカイ墓を、さらに広げるつもり?
…面白くも… おかしくも無いわ。
そう言いながら、空になったグラスで、言葉の調子を取る。
カーミラが、空のグラスに気付いて、なみなみと注いでくれた。
二代目の支払いとは言え、バッカスコールのワインをこぼす訳にはいかない。
注がれたグラスをゆっくりと口に運び、含んでから、緊張と一緒にテーブルに固定した。
あの家は、あのまんまさ。
二代目が上機嫌に答える。
あの辛気臭い檻みたいな家の中身、ちょこっとだけいじって、バーやるんだ!
……。
カーミラは酒と言うよりバッカスコールの、このテーブルに酔っている。
女吸血鬼は、まるで裸で接客をしているように、ミニの赤いドレスから見え隠れする下着など気にせず、手酌でワインをあおっている。
生理と関係あるのか、ないのか、下着ももちろん真っ赤だ。
グラスのワインを飲み干す度、空のグラスをかざして、バッカスと叫んでいた。
バー …やるの…?
ミドリさん。
…お墓の中で…
キャバ嬢ともお別れね。
…さよなら… …ホーンテッドハウス!!
キャハハハハハハハハハハ…
私がやる訳じゃ無い。
そして、勝手に私を消去するな。
吸血鬼は口いっぱいにワインをふくむと、
二代目の首に巻き付いて、耳元で喉を鳴らす。
口元からわざとこぼしたワインの雫を突き出して言った。
バッカスコールのご褒美に、この雫を舐めさせてあげる。
二代目はクロムハーツのデカイ十字架を、絡み付くカーミラの額にあてて言う。
ご馳走様。
いただきますでしょ。
そう言うと、酔った女吸血鬼は、私の目の前で、二代目の唇にかぶりついた。
俺のバーは最高だぜ!!
カーミラの唾液とワインでベトベトの口を手の甲でぬぐって、二代目はバー計画のプレゼンを始める。
イケメン坊主、集めてバーやるんだ。
坊主バー!!
あの古ぼけた家の玄関に賽銭箱置いて、小銭でイケメン坊主を指名できるんだ。
般若湯飲みながら好きな坊主と夜ふかし、
最高だろ。
客は人だけじゃ無いぜ。
あんたが、よく見る屍人ってのも大歓迎さ。
屍人やバケモノが入りやすいように、あのサラシ首の生垣は取っ払う。
屍人やバケモノからは、お代が取れ無いから、何か、やらかしてくれれば充分。
客を驚かすいい仕事をしてくれたら、現役坊主が、手を合わせてのお経付きだ。
客に取り憑いちまったら、道を挟んだ俺の寺でお祓いすればいいんだから。
お祓い代、たんまり取って。
汗をかいているのか、二代目のツチノコがテラテラ動く。
まるでツチノコに説得されてるみたいだ。
…坊主バー…?
呆れて、思わずつぶやいた。
そう、坊主バー
ツチノコが答える。
私と母の、あの家が、こいつの手にかかると坊主バーになると言う。
フフフフフフフフフフ…ハハハハハハハ
坊主バー! 坊主バー! 坊主バー!!
カーミラが騒ぐ。
ハハハハハハハ…ギャハハハハハハハ
私の家が坊主バーだ。
笑いが止まらない。
ギャハハハハハハハハハハハハハハハ
なぜかカーミラも笑い出す。
不良坊主、集めて、坊主バーだ!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ツチノコもつられて笑いだす。
あんた、本当に最低ね。
ギャハハハハハハハハハハハハハ
言いながら笑いが止まらない。
3人とも調子に…酔ってる。
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