第32話 怪異がぶつかったのはマジの怪奇じゃなかったみたいです

 ハラダ君のベッドの中(部屋のあるじであるハラダ君は床に布団を引いて寝ていた。ちょっと気まずい)で、私は早朝までぐっすり眠っていた。よほど疲れていたのか夢さえ見ていないくらいに眠りは深かった。

 それはハラダ君も同じらしい。半分寝起きの私と異なり、ハラダ君は布団と同化してほとんど動いていない。

 今何時だろう。手許に置いていたスマホを手繰り寄せて時間を見る。五時を少し回った所だった。それならまだみんな寝ていてもおかしくない。早起き鴉の啼き声は何となく聞こえるけれど。


「あ」


 そのスマホに通知が来ているのを見つけ、私は思わず声を上げていた。無料通話アプリに新しい着信が入っているという通知だった。昨日の晩から今朝にかけて、ハラダ君と一緒だったからスマホは触っていない。その間に誰かが連絡を入れたようだった。

 連絡の主は島崎君だった。時間帯は昨晩の九時過ぎ。まぁまぁ常識的な時間帯の連絡だと思った。小学生みたいな子供ならいざ知らず、大人なら九時、十時ごろは普通に起きているし。あまり早すぎる時間ではなかったのも、もしかしたら私がハラダ君と一緒にいる所を配慮しての事かもしれない。と言うか島崎君もハラダ君の失恋について知ってるわけだし。

 そんな事を思いながら、私は島崎君のメッセージに目を通した。


『プライベートを満喫している最中にすみません。賀茂さんたちにお会いするとは僕もも思っていなかったので……』


 メッセージを眺める私の脳裏に、梅園六花と名乗っていた雷獣娘の姿が浮かび上がる。。言われてみれば六花ちゃんの面立ちは雷園寺君にそっくりだったし。ただ、それならどうして雷園寺君は女の子の姿に変化していたのだろう。島崎君なら女の子に変化していてもそんなにおかしな事は無いんだけど……

 その辺りは今度会った時にでも聞いてみよう。そう思いながら、メッセージの続きを私は読み進めた。


『賀茂さんはあの後お戻りになったみたいですが、? あの廃神社には怪現象よりも性質の悪い人間がたむろしていたので、少し心配しています。廃神社に巣食っていたのは雷園寺君と一緒に僕が退治しましたのでご安心くださいませ。

 どうか賀茂さんの無理のない範囲でご連絡お待ちしております(狐の絵文字が添えられている)』


 私は島崎君のメッセージを眺め、それから何故かため息をついていた。文章自体は短くまとまっていたが、いかんせん情報量が多すぎた。

 とりあえず私たちは無事である事、ハラダ君と一緒だったから返事が遅れてしまった事を伝えればいいだろう。そう思っていた私は、雷園寺君からもメッセージが入っている事にこの時気付いた。

 雷園寺君が入れていたのはスタンプだった。頭を隠して眠る、所謂「ごめん寝」ポーズの猫のスタンプである。真面目な島崎君とは打って変わり洒落の効いたメッセージに、私は思わず笑いをこぼしていた。


 島崎君たちが悪さを働く人間を退治した。その言葉の意味がはっきりと判ったのは、ハラダ君が起きた後の事だった。身支度を整えた私はハラダ君と一緒に朝食を摂っていて、その時ぼんやりとテレビを眺めていたのだ。

 地元のニュースになった時に、いの一番に見慣れた廃神社――見慣れたというか、昨夜私たちも向かった所だった――が画面に映し出されたのである。

 恐喝や金品の強奪、そして暴行。こうした犯罪を繰り返していた若者が逮捕された。ニュースの内容はおよそそのような物だった。

 その事件と犯人逮捕の話を、ハラダ君は初めぼんやりと聞いていた。自分たちの見知った所で事件が発生するなんて、と思っていそうな表情だった。

 しかし、犯人が逮捕された状況を聞いているうちにハラダ君の表情が強張っていった。犯人の逮捕や通報があったのは昨日の晩の事で、要は私たちが廃神社を訪れた数時間後の事だったのだから。事情を知らないハラダ君が不安がったり怖がったりするのも無理からぬ話だ。


「幽霊の正体見たりって感じかしら、ね」


 私はだから、ハラダ君を落ち着かせようと思って呟いた。私は確かにオカルトライターの端くれだ。怪現象を追いかけたり妖怪たちとパイプを構築しているけれど、毎回運良く怪奇現象を突き止められるわけでもない。それもまた事実だったのだ。


「こうした事もよくある事だって、前に島崎主任が教えてくださったの。確かに本物もあるけれど、見間違いとか単なるデマに尾ひれがついたとか、そういう事の方が多いの、それに――今回みたいに人間がその噂を逆手に取って悪用する事だってある訳だし。ともあれ今回は深追いしなくて良かったかもね」


 良かった、と言いつつも私の心中は複雑な物だった。まず犯人である人間たちへの怒りが心の中にあった。悪事狼藉は許されざる事であるし、何より怪現象を笠に着て悪事を重ねた事が腹立たしかった。これはまぁ……善良な一般市民と言うよりも、オカルトライターとしての個人的な義憤に近いけれど。 

 そんな私を、ハラダ君は気づかわしげに見つめている。もしかしたら取材が出来なくて残念がっていると思っているのかしら。

 ハラダ君は私を見つめ、それから視線を彷徨わせてから口を開いた。緊張といくばくかの恐怖で唇が震えているのが見えた。


「賀茂さん。僕らは難を逃れたけれど、あの娘たちは大丈夫なんでしょうかね。その、時間帯的には……」

「言ったでしょ、あの二人は妖怪で人間よりもうんと強いって」


 ハラダ君は京子ちゃんたちを心配していたんだ。そう思いながら私は大丈夫だと断言した。と言うか島崎君からあいつらは退治したって連絡が入った所だし。色々とややこしいのでハラダ君には言わないけれど。

 可愛い女の子の姿を取っていると言えども、妖怪だから格段に強い。その事実をハラダ君は上手く呑み込めないでいるようだった。それもまぁ無理もない話かもしれない。ハラダ君は妖怪がどういう物かほとんど知らないも同然なのだから。と言うか京子ちゃんと六花ちゃんの事を、純粋に可愛い美少女妖怪だと信じている訳だし。どちらも男(漢かも知れない)であるんだけど。


「仮にその犯罪者たちと出会っていたとしても、あの子たちならどうにかやり過ごせると思うわ。もしかしたら……返り討ちにしているかもね」


 私はそう言ってみたものの、ハラダ君はやはり半信半疑と言った感じだった。そんなハラダ君を眺めながら、ハラダ君が信じなくても別に構わないかも、と思う事にした。ハラダ君は妖怪の世界に詳しくないし、真面目な人だから真相を知ればかなりショックを受ける恐れもある。それに島崎君たちとハラダ君に接点があるかどうかも解らない。

 それなら私から特に何も言わずそのままにしておけばいいのではないか。そうすればハラダ君も彼女たちの事を忘れるだろうし。そんな風に私は考えていた。

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