第15話 狐娘は属性マシマシメイドさんでした ※怪文書注意!

 ご主人様。こともあろうに美少女妖怪(特にってところが重要だよね!)の一人である京子さんが僕をそう呼んだ。その事に僕は一瞬ぼうっとなってしまった。もちろんここがメイド喫茶であり、男性客は全員メイドたちにご主人様と呼ばれる訳なんだけど。多分僕は、彼女を那須野ミクという演じられたキャラではなく、宮坂京子という実在する妖物として見てしまっていたのかもしれない。

 そんな事を思っていると、二の腕をつつかれた。ミクちゃんが何か話すみたいよ。賀茂さんが澄ました表情で僕に語り掛ける。思い出し笑いも収まったみたいだ。


「ご主人様方。折角ご指名いただきましたので、自己紹介を行いますね。

 もしかしたら既にお気づきのご主人様、お嬢様もいらっしゃると思いますが……実は私、先日割れた殺生石の欠片から復活した九尾の化身なんです!」

「これはまた物凄いせ……いや、そうだったんだ」

「うふふ、何となくそんな感じはしていたわ」

「…………」


 自身を殺生石の……玉藻御前こと九尾の化身であるとミクはカミングアウトしたのだ。九尾の化身であるという大胆な設定に対する僕らの反応は見事なまでに三者三様だった。メイド長の従弟である本村君は、思わずメイド喫茶に来たという遊びを忘れ、設定という言葉を口にしてしまう始末だ。一方賀茂さんは殆ど驚かず、口許に猫っぽい笑みを浮かべるだけだった。オカルトライターで、尚且つ京子さんが本当に妖狐である――とはいえ彼女は毒婦だったいうだけど――から、そんなに驚きはないのかもしれない。

 さて僕はというと、驚きと不思議な感覚に襲われてやはり何も言えなかった。メイド喫茶という場所だから、「ああそうなんだー」と軽く流せば良かったのかもしれない。だけど僕はミクが、いやミクを演じている京子さんが真に妖狐である事を知っている。妖狐であるものの――玉藻御前とは全然違う女狐である事さえも。

 ミクという役柄と本来の姿としての京子さんの振る舞い。この二つが上手くかみ合う気がしなくて、それで僕は混乱しているのかもしれなかった。


「九尾の狐の殺生石かぁ……確かに三月に割れたとかでニュースになってたよな」


 茫洋とする僕の耳に本村君の声が届く。若干上ずっているのは、僕がぼんやりしているからなのかもしれない。久々に会ったのに気を遣わせるなんて悪い事をしたかも。そう思いながら僕は頷いた。


「その話は僕も流石に知ってるよ。ネットニュースでも何度も取り上げてたし」


 やっと絞り出した僕の言葉に、賀茂さんも同調するように頷く。


「専門家の中には単なる老朽化で割れただけって言ってる人もいるけれど……中から狐が出たとかって話の方が浪漫があるって私は思うな」


 そう思うでしょ、ミクちゃん? 賀茂さんは殺生石の浪漫についてミクに尋ねていた。賀茂さんもミクの中の妖を知っているせいか、かなりフランクな態度を見せている。というよりも、問いかけられてミクの方がタジタジになっているようにも見えた。


「お嬢様っ。浪漫も何も、私はこうして九尾の化身としているんですから。今はまだ力も足りないし人間社会の事も知らない事ばっかりなんで、頑張ってこのお屋敷で修行してるんです」


 それでもミクは、いや京子さんは「永い年月を経て復活した九尾の化身」たる那須野ミクとしての言葉を紡いでいる。彼女の声は普段よりもやや高く、口調も若干砕けたものだった。

 京子さんが妖狐である事を知っている僕だけど、彼女がしきりに語る九尾の化身云々はこのメイド喫茶の中だけの設定だという事はもちろん解っている。解っているからこんな事を思ってしまうのだ――京子さんはどんな気持ちで那須野ミクを演じているのだろう、と。

 前に会った時、玉藻御前は恐れ多いと言っていた京子さんの姿が浮かぶ。飛び込みのバイトだからこんな奇抜な設定を付加されてしまったのだろうか。そしてそれを京子さんは断り切れなかったのかもしれない。本来はとてもまじめな娘だし、真面目だからこそ、妖狐である自分が人間を化かしている事に負い目を感じているのかもしれない。

 そんなしんみりした考えが、どうしても僕の中でぐるぐると渦巻いてしまっていた。


「ですから、ご主人様たちとこうしてお話してご奉仕する事で、ミクは力を蓄える事が出来るんですよ! 大丈夫です、今度はうっかり退治されないように気を付けてまーす!」


 茶目っ気たっぷりに語るミクの姿は演技に過ぎず、本当に単なる虚像なのかもしれない。それでもポンコツな僕の目には、ミクが心底楽しそうに振舞っているように見えていた。

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