第16話 狐娘メイドにはお坊ちゃまの友達がいるそうです
僕たち三人がメイド喫茶に滞在したのは小一時間ほどの事だった。本村君はもうちょっと滞在しても良かったのにと言ってくれたけれど、色々とお腹が一杯になってしまいそれどころでは無かった。実際の所、僕が飲食したのはほんの少しだったんだけど。那須野ミク、いや京子さんの存在が気になってそれどころじゃなかったんだ。
それで今度は三人で繁華街をぶらつく事になった。本村君と会うのも久しぶりだし、僕自身も繁華街で遊ぶのも良いかなと思っていた。賀茂さんも本村君と何となく打ち解けていたし。
その本村君がスマホを確認し、僕たちに視線を向けたのはゲーセンで遊んでいる最中の事だった。メイド長から、あのメイド喫茶を経営している本村君の従姉から連絡があったとの事だった。
「姉さんが五時からちょっとしたお礼も兼ねてごちそうしたいって言ってくれてるんだけど、二人とも大丈夫かな」
姉さん、というのはもちろん本村君の従姉の事だ。本村君自身にはお姉さんはいないのだ。
ともあれ僕と賀茂さんは本村君の申し出を耳にし、互いに顔を見合わせた。
「僕は用事は無いから大丈夫だけど……」
「本当に良いんですか。ごちそうなんて」
賀茂さんは困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。彼氏の学生時代の友達の従姉。微妙に遠い関係の相手からごちそうすると言われて戸惑ってしまっているのだろう。よく考えなくても、賀茂さんと本村君たちとは初対面でもあるし。
「それに本村君のお姉さん――本当は従姉だけど――だってやりくりとか大変なんじゃないの? 今回だって経営が大変だから来て欲しいってハラダ君から聞いてたから」
「大丈夫ですよ、賀茂さん」
念押しするように本村君が僕たちに告げる。その表情、その言葉には若干呆れというか諦めの色が見え隠れしていた。
「姉さんは世話好きなんでね、結構こういう事を頻繁にやるんですよ。お店で面倒を見ている女の子たちとか、真面目にやって来てお店を応援してくれる常連の人とかにですね。
まぁその……あのお店も半分くらい趣味でやってる所もありますし。だからこそ経営に難があるのかもしれませんが」
言いながら本村君は困ったように笑っていた。僕たちがどうすればいいのか解らずにいると、本村君は明るい表情を作って言い添える。
「それにね、俺たちと入れ違いで羽振りの良いお客さんが入って来て臨時収入になったから大丈夫なんだって」
それって大丈夫なんだろうか。内心でツッコミを入れつつ僕と賀茂さんはまたも顔を見合わせていた。だけど、本村君の従姉への心配は、次に本村君が口にした事で見事に吹き飛んでしまった。
「那須野ミクって子がいたでしょ? 姉さんが折角だからって引き合わせてくれたメイドのさ。その子の知り合いというか友達なんだって。良いとこのお坊ちゃまとかお嬢様とかじゃないかって姉さんは思ってるみたい」
本村君の言葉は興味深く、思わずあれやこれやと考え込んでしまいそうだった。那須野ミク、いや京子さんにお坊ちゃまやお嬢様の知り合いが、友達がいたなんて。その事を思うと胸の辺りがちりちりとしてしまう。名も知らぬ彼女の友達とやらに僕は嫉妬しているのだろうか。
だけどその一方で、京子さんにお坊ちゃまやお嬢様の友達がいるという話はしっくりくるものだとも感じていた。京子さん自身、品の良いお嬢様と言った空気を漂わせているからだ。もっとも、彼女は自分はお嬢様ではないなんて言っていたけれど。
「キツネの子の知り合いがお坊ちゃまとかお嬢様って、いかにもって感じで面白いわね」
「キツネの娘って賀茂さん。そんな言い方じゃあミクって娘が本当に狐みたいですよ。あれはあくまでもメイド喫茶での設定なんでしょうから」
「それでも、あの子の九尾の化身って言う役柄は物凄い説得力あったもん。本当にそうかもって思わせる何かがあったわ」
いたずらっぽく告げる賀茂さんに対し、本村君は困ったような笑みを浮かべた。キツネの娘に設定。賀茂さんの言葉も本村君の言葉も両方が本当の事を僕と賀茂さんは知っている。那須野ミクを演じる京子さんは実際の所妖狐の半妖なのだから。但し、玉藻御前とは縁のない妖狐だから、「割れた殺生石から復活した九尾の化身」という那須野ミクの出自は設定だろうけれど。
キツネの娘。賀茂さんの言葉には二重の意味が込められていたのだろう。本村君はもちろんそんな事は気付いていない。多分、京子さんが普通の人間だと思っているに違いない。
もっとも、そう言った込み入った事情を話すつもりは僕も無い。本村君も混乱するだろうし、人間として働こうとしている京子さんの気持ちを無視する事になるだろうから。
そんな風にあれこれ考えていた僕は、もう一人の美少女妖怪の事を思いだしたのだ。雷獣の六花さんだ。あどけなさの残る面立ちと驚くほどグラマーな身体つきが印象的で、清楚な雰囲気の京子さんとは対照的な雰囲気を醸し出していた。
僕は唐突に、彼女が僕の家に泊っていた時の事を思い出した。六花さんは大きくて懐っこい猫みたいな娘だった。ほぼほぼ初対面の僕に無邪気にすり寄り、お酒が回ると無防備な姿で寝てしまっていたのだ。
京子さんは那須野ミクという奇抜な役柄で注目を集めていたけれど、六花さんはどうだろうか。僕はついついそんな事を考えていた。六花さんの場合は、役柄とかを作らなくても人気が出そうだ。まずもって可愛らしくも色っぽい美少女に違いないし、何より人懐っこい。しかも彼女は銀髪に翠眼という目立つ特徴を具えてもいた。もしかしたら髪を染めてカラコンを入れているだけなのかもしれない。けれどもメイド服を着こんだら様になるんじゃないかなと僕は思っていた。
「ねぇ本村君。今回メイド長のお姉さんが用意できた娘ってあのミクちゃんだけだったのかな? 他の娘はいなかったの? 銀髪の娘とか」
「俺も詳しくは知らないけれど、臨時のバイトでやって来たのはあのキツネの娘だけだよ」
俺もキツネの娘って言っちゃったよ。本村君は僕たちを見て少しの間笑っていた。だけどややあってから何かを思い出したのか、軽く眉を寄せて視線を泳がせている。
「銀髪で思いだしたんだけどさ、俺らと入れ違いで那須野ミクを指名したお坊ちゃまたちがいたって言っただろう。そのうちのお坊ちゃまが何か銀髪でめっちゃ目立ったって姉さんが言ってたよ」
そうだったんだ。唐突な本村君の情報に僕はそう言うほかなかった。
まぁ最近の若い子は色々と髪の毛を染めて遊ぶ子もいるわけだから、そう珍しい事でもないかも。そんな風に僕は解釈していたのだ。
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