第17話 メイド長も化かされてます

 本村君の従姉が僕たちを案内したのは一軒のファミレスだった。美味しさとお手頃価格である事がウリの、それこそ中学生とか高校生でも友達同士で気軽には入れる所である。

 そんなファミレスに案内された僕たちは、正直な所ほっと安心していた。本村君の従姉は世話好きだと聞いていたから、奮発して良い所でごちそうをしようとするんじゃないか。そんな見当はずれな心配を僕はしてしまっていたのだ。

 ちなみに安心しているのは賀茂さんも同じで、余計に僕は安心したのだ。彼女だから、付き合っているから同じ考えだろうなんて事は流石に僕も思っていない。だけど、価値観とか考え方が近いと思うとホッとしたのだ。やっぱり長く付き合うには……それこそ夫婦生活をするには価値観が近い方が気が合うし。

 僕はちらりと賀茂さんを見、それから急に気恥ずかしくなってしまった。一体何を考えているんだ自分は。


「ハラダ君に賀茂さんだったっけ。今日はありがとうね。和樹経由でお願いしたとはいえ、私たちの無茶ぶりみたいなのに付き合ってくれて」


 いえいえとんでもないです。メイド長こと本村君の従姉の言葉に、僕はひらりと手を振った。


「本村君とは学生時代から友達でしたし、最近忙しくて会えなかったからちょうどいい機会でした」

「その、私はハラダ君に便乗してついてくる形になっちゃいましたけれど、存分に楽しめましたし」


 僕の言葉に続いて賀茂さんが言った。存分に楽しめた。その言葉は遠慮とかお世辞とかではなくて本心からの物らしい。目線を泳がせて先程の情景を思い浮かべていたかと思うと、嬉しそうな笑顔を浮かべているんだから。


「それにしてもハラダ君が可愛い彼女を連れてくるなんて思わなかったよー。あ、でもノリの良い……いやそうじゃなくて理解のある人で良かった。やっぱり今でもメイド喫茶とかってオタク風だとかコンカフェみたいだって嫌がる女の子もいるだろうし」

「ちょっと和樹。それは何でも言い過ぎよ。うちは確かにメイド喫茶だけど、むしろ飲み物とかお料理とかそっちの方に力を入れてるんだから。それでまぁ、女の子ばっかり雇い入れてメイド喫茶にしているのは、しんどい思いをしている娘たちの居場所提供って側面もあるけど」


 本村君と従姉のお姉さんが言い合うのを僕はぼんやりと眺めていた。やっぱりメイド長を御自ら勤めているだけあって面倒見が良いんだなとか、本村君とのやり取りは姉弟みたいだなと思いながら。


「あのっ、お気遣いとか本当に大丈夫ですよ。私、メイド喫茶とか全然平気ですし。それに仕事でもっとすごい所に入った事も何回もあるんですよ。ウーパールーパーの唐揚げとかバロット――ヒヨコになりかけのゆで卵なんですが――を出すところとか、淡路の奥にある怪しい博物館ですとか」


 感極まった様子で賀茂さんが声を上げる。驚いたように本村君たちが賀茂さんを見つめる。その視線を受けて、賀茂さんは少し顔を紅くしながら言い添えた。


「それに今回、が私たちのテーブルに来て接客してくれましたよね。あの子とは知り合いなんです」


 ああ、そういう事だったのか……本村君と従姉のお姉さんは納得の声をあげていた。ほぼほぼ同じタイミングで。何となくだけど、むしろ従姉のお姉さんの方が驚きの色が濃いみたいだ。


「成程、そうだったんだね。それで賀茂さんは始終テンションが高かったんだ……キツネの娘、いやミクちゃんがずっと話している間笑ってるか笑いを噛み殺してたもん。ゲラかなと思ってたんだけどそういう事だったんだね。そりゃやっぱり、友達がメイド喫茶でバイトしてたら面白いよね」

「厳密には仕事で知り合った子なんですけどね。職場のがあの子と懇意にしてまして」


 本村君の言葉に対し、賀茂さんはすまし顔で応じている。僕は賀茂さんと一緒に宮坂京子と再会した時の事を思い出していた。賀茂さんは人間だけど、オカルトライターという職業故に妖狐の血を引く京子さんと知り合いになったという事だ。賀茂さんはあの時上司である島崎主任がどうと言っていたような気もする。結局のところ、京子さんが焦った様子を見せただけで詳細は触れられなかったけれど。

 賀茂さん。今度は従姉のお姉さんが声をかけていた。その表情はいつになく真剣な物だった。


「そういう事だったのね。それにしても凄い子だったわミクちゃんは。いつもうちで働いている娘の知人って事で臨時バイトとして雇ったんだけど……」


 メイド長は言葉に余韻を持たせたままそっと目を伏せた。考え事をしているように。考えている事をまとめるために。


「正直言って、うちみたいな場末のメイド喫茶じゃあ勿体ない逸材だと思ったわ」

「姉さんがそんな事を言うなんて……いくらミクって娘が九尾の化身とかいう設定で演じていたからってさ、いくら何でも大げさだよ。まさか、とか」


 狐につままれた。本村君の言葉に僕と賀茂さんは思わず目配せをした。まあ実際京子さんは妖狐だし。違うわよ。やや強い口調でメイド長は言い放っていた。


「私もね、あの娘が九尾の化身がメイドをやってるって設定で売り込むって聞いた時にはネタだろうなって思ったわ。メイド喫茶で働く娘って結構サブカルとかそう言う方面に特化している娘が多いから……

 だけどあの娘はそんなんじゃなかったのよ。和樹、あんたは知らないでしょうけど、あの娘の『那須野ミク』って言う役柄とか設定はね、きちんとした伝承から引っ張られていた物だったのよ。私も詳しくなかったから後で調べたんだけどね。オーソドックスな伝承は言うまでもなく、俗説でこんな解釈もあるって言う揺らぎまで織り込んだうえでの役柄だったのよ。

 もちろん、知識だけじゃなくて演技力も生半可じゃあないわね。というかどっちも凄かったわ。あれだけの才能と実力があるんだったら、それこそトップアイドルに……いえにもなれる。そう思っちゃったの」

「……とはいえメイド長さん。あの子は既に本業があって、そっちで自己実現に勤しんでいるみたいなんです。確かに私もあの子にはとしての才能はあると思いますが、演技演劇はあの子にしたら趣味とか手慰みみたいな物らしいですよ。もちろん、妖狐とか玉藻御前の伝承に非常に詳しいのは私も知ってますが」


 従姉のお姉さんが驚いた京子さんの演技力は、あくまでも彼女にとって趣味の範疇に過ぎない。賀茂さんの何気ない言葉に、本山君たちはただただ愕然とするばかりだった。

 やはり二人は彼女を人間だと思っているからこそ、こうして驚くほかないのだろう。

 とはいえ僕は僕で、京子さんの演技が上手な所に妙に納得していた。やはりその、僕は彼女のからだろう。昔から妖狐は人を化かすのが上手いと言う訳だし。

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