第18話 美少女妖怪はアイドルです(迫真)

アイドル:現在の日本では「人気のある若いタレント」という意味合いで用いられる。但し本来の意味は偶像。(作者註)


 さてファミレスでのごちそうも終わり、僕たち一行は解散した。と言っても、賀茂さんと僕は進む方向が同じという事で二人で並んで歩いていた。何となく、こっちの方がデートしている感じもある。


「本村さんたちにごちそうしてもらってた時の方がたくさん食べてたね、ハラダ君」


 賀茂さんの言葉は思いがけないほどに無邪気なもので、僕はうっと詰まってしまった。何となれば恥ずかしいと思ったのだ。

 でも事実なんだから仕方がない。夕方だったからお腹も空いていたし、それで本村君の従姉も遠慮しなくて良いからって言ってくれてたわけだし。だけど友達の従姉と言えども、がめついとかさもしいと思われただろうか。


「ああ、うん。ちょっと恥ずかしいなぁ。本村君とは友達だったけど、従姉妹のお姉さんとは初対面だし、意地汚くがっついてるって思われたよね。しかももうサラリーマンなのに」

「メイド長さんは面倒見の良い人みたいだから、そんな事は気にしないと思うけど」

 

 それにね。いつの間にか賀茂さんはしたり顔というか、いたずらっぽい笑みをその顔に浮かべていた。


「私らのテーブルに来ていたメイドさんがミクちゃん――いいえ、宮坂さんだったから照れてあんまり食が進まなかったでしょ? それならお腹が空いてもしょうがないわよ。

 まぁ、私はメイド喫茶でもファミレスでも結構頂いちゃったけどね。女子には別腹があるもん」

「ごめん……」


 僕は半ば反射的に謝っていた。京子さんがメイドとして接客しているから緊張して食事どころでは無かった。賀茂さんの指摘はまさしく図星だったのだ。それにもちろん、彼女がいるのに彼氏がこんなんだったら、賀茂さんも良い思いはしないだろう。


「謝らないで。ハラダ君が魅了されるのも仕方がないわ」


 賀茂さんはさらりとした口調でそう言ってくれた。でも何となく寂しそうな、少し憐れむような笑みを僕に向けている。


「メイド長さんはアイドルになれるかもしれないって言ってたけれど、ハラダ君にとってあの子は……宮坂さんはそれこそアイドルみたいなものかもしれないわね。それも今どきのアイドルじゃなくて、大昔の劇場でしか会えなかったようなアイドルの方ね。それか高根の花かもね。住む世界が違うし、見せている姿が姿かどうかも判らない……そんな感じがするわ」


 言葉を重ねる賀茂さんの表情には、いつの間にか切なさと翳りが漂い始めていた。何故だろう。どうしてそんな表情で僕を見るんだろうか。

 気の毒だわ。賀茂さんは僕を見てはっきりとそう言った。僕はその言葉を耳にしていた。だけど賀茂さんが何と言ったのか、すぐには理解できなかった。


「私も詳しく言わなかったから悪いのかもしれない。だけど、こんなに立て続けに宮坂さんたちにハラダ君が出くわすとは思っていなかったから……

 あのねハラダ君。実はハラダ君が宮坂さんたちを女の子として意識して、可愛いとか色々思ってる事で、腹立たしいとか妬ましいとかって思った事は無いの」

「もしかして気の毒だって思っているから?」


 賀茂さんがさっき言った事をオウム返しすると、賀茂さんは素直に頷いた。


「……ほどほどで終われば良いと思ってたんだけど、ほどほどで終われるかどうか今じゃあ解らないのよ。

 ハラダ君。ハラダ君はきっと、今までに見てきた宮坂さんたちの姿とか振る舞いで、あの子たちの事を判断してるでしょ? 優しそうとか可愛いとかそんな感じの事を」

「…………」


 賀茂さんは僕をじっと見つめ、一呼吸おいてから言葉を続けた。何かを決心するみたいに。


「でもね、あれはあくまでもあの子たちの仮の姿なの。本当はの。本来の姿も、可愛らしい美少女とかじゃあないのよ。あの子たちは、特に宮坂さんは可愛い女の子を演じるのが上手なだけなの。男の人が恋焦がれるような、それでいて女の人が見ても不自然でないような女の子の姿をね。本当の姿を知ったら、多分ハラダ君も私の言ってる事が解ると思うわ。でもハラダ君にはかなり衝撃的な光景になるのは間違いない。それにあの子たちも悪い子じゃないから……誰も悪くないのよ、本当は」


 そう言う賀茂さんは何処か苦しそうで、何と言うか慰めたくなった。だけど僕にそんな事が出来るのか。僕の冷静な部分がそう囁いてあざ笑っているのを感じた。

――異形そのものである私たちの姿を知ったら、私たちに対する印象は崩れ去ってしまいますわ

 最初に会ったあの日、京子さんが諭すように僕にそう言っていたのを僕は思い出し、少し胸が痛むのを感じた。懐かしさなのか罪悪感なのかは解らないけれど。


「何か色々と込み入った事情があるみたいだけど……宮坂さんも梅園さんも良い娘だと僕は思ってるよ。

 ほらさ、今回だって宮坂さんの許に品の良いお坊ちゃまとかお嬢様が遊びに来てたらしいし。悪さをするような娘の許に、そんな風にお坊ちゃまとかが来るとは思えないし」

「まぁ狐だったら良いとこの子女をたぶらかすとか良くある話だけどね。まぁでもあの面子じゃあそんな事も無いわよね。宮坂さんはそういう事をしない子だし、相手も雷園寺君だから」


 雷園寺。こだわりなく放たれた賀茂さんの言葉に僕は目を見開いた。この銀髪の青年の事は僕もよく覚えていた。この前職場で停電があった時、電気系統の復旧作業にやって来たのが雷園寺と名乗る青年だった。町谷君がハクビシンみたい言っていたっけ。ハクビシンは雷獣の化身とも言われる事があるし……もしかすると。


「賀茂さん。まさか賀茂さんも雷園寺君の事を知ってたんだね。もしかして彼って、梅園さんの身内か何かなのかな?」


 雷園寺という青年も妖怪なのかもしれない。それも六花さんと同じ雷獣ではないか。僕の中にはそんな仮説が頭の中に浮かんでいた。宮坂さんの知り合いという事は、妖狐である事も知っているだろう。それに何より六花さんによく似た面差しではないか。


「まぁその……メイド長さんも言ってた通り、雷園寺君も宮坂さんの知り合いだからね。私もあの子の知り合いって事で雷園寺君の事も知ったの。

 あとね、わ。お兄さんでもないし、従兄とかでもないの」

「身内じゃあないの? なのに?」


 思わず僕が問いかけると、賀茂さんは妙に明るい笑みを浮かべて誤魔化すだけだった。

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