第24話 恋は相席から始まる……だと

 そんな私に転機が訪れたのは、ある夏の終わりの事だった。その日、私は港町近辺のギャラリーに足を運んでいた。妖怪のイラストや造形の展示イベントがあったからだ。ちなみに取材じゃあなくて趣味の一環で行こうと思い立った感じでもある。

 私自身、元々からして妖怪に興味があったし、だからこそオカルトライターと言う仕事を選んだという節もある。もちろん、何か面白いネタとかがあれば本業に使えるかも、と言う下心はあったけど。

 ギャラリーながらも会場は結構人が多かった。流石にぎゅうぎゅう詰めとまではいかないけれど、私が入った時には二十人ほどは絵や展示を見に来ているという感じだった。学生とか子供とか若い子も何人かいて、私は何でだろうと思わず首をひねりもした。今日は平日なのに、と。

 子供たち学生たちは夏休みの真っただ中だと、少ししてから私は気付いた。夏休み。それなら部活は別として学校もないし、こうしてギャラリーに遊びに来ているのもおかしくはない。私は一人で納得しつつ、愕然としてもいた。学生たちに夏休みがある。その事を忘れていた事がショッキングだった。オカルトライターとして働きだして二年目、まだまだ若手の社会人だというのに。

 社会に出れば大人になる。いつだったか大学の教授が私たちにそんな事を言っていた。だけど、すぐにその事を実感するような出来事が降りかかって来るなんて。

 ともあれ絵や展示を楽しむ事は出来た。作家の人も二十代とか三十代の比較的若い人が多くて、妖怪もポップな絵とか可愛い絵とかも結構あるなと私は思った。まぁ、妖怪ものって何度もブームになっていて、キャラクターに仕立てる様な文化とか可愛い女の子に擬人化する流れもあるし。そう言えば国民的ゲームになったあのモンスターのアレも、一種の妖怪ものと見做されているみたいだし。


 ギャラリーを後にした私は近場のカフェにそのまま入店した。普段はこうした所には入らないけれど、港町近辺の空気を楽しみたい。今の私はそんな気分だったのだ。タピオカミルクティーが出てくるようなミーハーな所じゃあないけれど、明るくておしゃれで若い女子とかカップルが何人か入っているような、そんな感じのカフェだった。たまにはそんな所に入ってもばちは当たらないだろう。


「申し訳ありません、現在混み合っておりまして相席になりますが、いかがいたしましょうか?」


 入店するや否や、申し訳なさそうな表情のウェイターが私を出迎えた。カフェで相席。何か昔のドラマのワンシーンのように思えて、私もぼんやりしてしまっていた。今は今で相席屋なんて言う飲食店はあるけれど、私はそう言った所に入った事は無い。だから相席屋のイメージは湧かなかった。


「相席ですか? 私は大丈夫ですよ」


 店内にささっと視線を走らせてから、私はウェイターにはっきりとそう言った。店内にいる人たちは悪そうな感じの人はいないし、ほとんど若い人ばっかりだった。それにここはカフェだし昼日中だし別に相席になっても大丈夫なはず。私はそんな風に思っていたのだ。

 そうしてウェイターに通されたのは二人掛けのテーブルだった。もちろん先客はいて、私は彼の対面に座る事になった。向こうも入店したばかりらしく、氷水入りのグラスとおしぼりが置かれているだけだった。

 先客は男の人だった。二十代だけど、多分私よりも年上。大人しいというか真面目そうな雰囲気の人だな。まず私はそう思った。多分、取り出して使ったおしぼりを、きちんとたたんで袋の上に置いていたからそんな風に感じたんだと思う。


「混んでいるって事で相席になりました。ええと、よろしくお願いします」


 私を案内したウェイターは、きちんと私たちに相席になる事を伝えてくれていた。だけど私はそれを聞いたうえで男の人に挨拶をした。平成生まれの私たちはオフラインでの繋がりでは人見知りになったりする部分がままあるのだ。もしかしたら関西圏ではそれが薄いのかもしれない。私自身も、実はオカルトライターとして色々な人物に取材に飛び込むから肝が据わった所があるにはある。だけど向こうの男の人は戸惑っているかもしれないと思ったのだ。


「あ、うん……こちらこそよろしく」


 男の人は私の目を見て挨拶を返してくれた。よろしくって馴れ馴れしかったかな? 彼はそう言って一人で静かに笑い、それから照れ隠しのようにグラスの氷水を口に含んでいた。大人しくて真面目そうで、何処か寂しそうな感じの人だった。

 その人物が、今私が交際しているハラダ君その人だった。

 カフェの相席から始まる恋。いかにも私たちらしい、静かな交際の始まり方ではないだろうか。

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