第23話 仕事に慣れて恋愛を思う
結局のところ、島崎主任の弟である島崎君と私は打ち解ける事が出来た。賀茂忠行の子孫と玉藻御前の曾孫。先祖がと言えども宿敵同士になるんじゃあないかしら。そんな私の悩みは完全に杞憂だった。賀茂家にしろ土御門家にしろ蘆屋道満の系譜にしろ、そもそも島崎君は陰陽師を敵だと見做してはいなかった。
とはいえ、彼は太公望こと姜子牙の事は若干目の敵にしている感はあったけど。
島崎主任は時々島崎君を呼んで私たちに引き合わせてくれた。彼自身妖怪の事にかなり詳しかったし、妖怪の知り合いを連れてくる事もたまにあった。
島崎君は完全に妖怪側の生き物、異形の存在なのだ。私が心底そう思う事になったのは、ある六月の日曜日の事だった。その時島崎君は、友達だという妖怪と共に私たちの前に現れたのだ。ツレの雷園寺雪羽という男の子は、島崎君とは異なり純血の妖怪だった。いつか島崎主任が言っていた「ケンカ遊びの相手になる雷獣の男の子」というのは雷園寺君の事だったのだ。
本物の妖怪、正真正銘の獣だ――雷園寺君に対しての私の第一印象はそんなものだった。私は霊感なんてほとんど無いし、雷園寺君もきちんとヒトの姿を取って私たちと相対している。それでも隠し切れぬ獣性が、秀麗な見た目の青年から漂っていた。ヤマネコや豹みたいな獣を無理やり人の形にしたような、奇妙な例えであるがそんな感じがしたのだ。
私はもちろんのこと、お調子者な倉持君も若干戸惑っているようだった。
「雷園寺君。また妖気を垂れ流してるんじゃないのかい。ほら、賀茂さんも倉持君もビビっちゃってるから何とかしないと」
「言うて俺は普段通りなんだけどなぁ。というか双葉さんの部下たちでオカルトライターだから、俺らみたいな妖怪には慣れてるんじゃないの? 一人は陰陽師の子孫だし」
呆れつつも気軽に話しかける島崎君の姿を見て、私は愕然とした。獣そのものの気配を放つ雷園寺君を前に、ごくごく自然体でいると気付いたからだ。怖がったり気構えたりしている私たちとは大違いだ。しかも、島崎君からは特段妖怪らしい気配は感じない。半妖だからなのか妖気とかを隠しているからなのかは私にも解らないけれど。
雷園寺君を臆せず仲間とか友達だと思っている事。その事こそが島崎君が異形の存在である事の何よりの証拠だった。
ちなみに島崎主任も雷園寺君を見て平然としていたが、それは年季の差なのだろうなと思っていた。とはいえ、島崎主任も雷園寺君とは面識があったという話だった。
※
何となく恋がしたいな。社会人生活にも馴染み始めたある日のこと、私は唐突にそんな事を思い始めていた。別に男の人に強い興味があるという事じゃない。だけど家に帰っても独りだと思うと何か寂しくなってしまったのだ。
島崎主任も先輩の畠中さんも、アトラ編集部の女性陣達には奇妙なほどに男性の影は見当たらなかった。先輩たちは先輩たちでそれで割り切っていたり恋愛そっちのけで打ち込むものがあったりしたみたいだから、恋愛に縁遠い事について特に気にしている様子はなかった。
「そっかー、賀茂さんも若いからやっぱり男の子に興味はあるわよね。賀茂さん、可愛くて良い子だから、きっと男の子たちもほっとかないと思うんだけど」
「そんな……ありがとうございます」
休憩時に島崎主任と雑談になった時、どういう流れなのかついつい恋愛話になってしまったのだ。島崎主任は事もあろうに私をべた褒めしたのだ。嬉しいというよりも気後れしてしまった。自分が、男の子に選ばれるような「普通の可愛い女の子」とは違う事は知っていた。オカルトライターの道を選び(先輩や島崎主任には失礼な話だけど)、何より妖怪とかそう言ったものを愛好する女子なんだから。見た目だって普通だし。
島崎主任は女の私から見ても本当に美人だった。それこそ玉藻御前の血が作用しているのかもしれない。それこそ男の人がほっとかないような人なんじゃないかなって、私はその時素直に思っていた。
恋愛がしたいけど相手がいない。その気持ちは私も解るわ。島崎主任の言葉に私は目を丸くした。何かの聞き間違いだとまず思った。だけど、島崎主任は私の前で物憂げな笑みを見せていたのだ。
「うふふ、実は私も結構恋愛自体は好きなのよ。若い子風に言えばちょっと恋愛脳な所もあるかもだし。好みの相手がいれば彼氏にしたいし、何となれば結婚までいければなぁ、なんて思ったりもしてるわ」
「そう、だったんですね……」
うっとりと語る島崎主任の姿に、私は少し圧倒されていた。アラフォーとは思えぬ若々しいその顔には、少女めいた可愛い笑顔が浮かんでいる。やっぱりこの人も玉藻御前の血を引いているんだ。その事を私は強く感じた。
私を支配してくれるような、強い男の人が好き。乙女チックな表情で紡がれた島崎主任の言葉に、私は度肝を抜かれた。男の人に支配される……? 島崎主任からは遠くかけ離れた事なのに。私はそう思ってもいた。
「そうよね、びっくりしちゃうわよね。賀茂さんくらいの年代だったら、そう言う男の子って俺様系だとか亭主関白だって思っちゃうもんね。
でも安心して賀茂さん。別に私は惚れた男にコロっと支配されるのを望んでいるんじゃないの。どうしても傅きたい、そう思える男が私は欲しいだけ。うふふ、私も玉藻御前の末裔で、だからつまるところ女狐で動物みたいな所があるの。動物の本能が、強い男を、強いオスを求めているのかもしれないわ」
自分よりも強い男。それを島崎主任が密かに欲しているのは解ってしまった。だけど私は――実に不謹慎な事だけど――、そんな条件を満たす男の人は島崎主任の前に現れないのでは、と思ってしまった。
島崎主任は、もう十二分に強くて、凛々しくて、カッコいいお方なのだから。弟のつてとはいえ獣性を宿す妖怪を前に涼しい顔でやり過ごし、取材の為ならば滑落の危機もゲテモノ食いも厭わない。島崎主任は私たちの、アトラの女傑なのだ。だからだろう、島崎主任を慕うのはむしろ女性陣であるのは。悲しいかな、男性や男子は強い女性は本能的に恐れてしまうのだから。
「……まぁ、私だって自分で理想が高すぎるって解ってるわ。だからこの歳までマトモに男女交際が無くってそれは自業自得だって事も解ってる。あ、ごめんね賀茂さん。そう言う話じゃあなかったわよね。
そうねぇ、恋愛って結局難しいって事かな。賀茂さんには賀茂さんの好みのタイプってあるでしょうし、気軽に付き合ってみたら変な男だったってなれば結構悲惨だものね」
まぁそんなに焦る事はないわよ。島崎主任の言葉は優しくて、私は特に何かが変わった訳ではないけれど安心できた。
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