第25話 彼とは趣味が合いそうです
カフェの相席で出会っただけの私とハラダ君だったけれど、その場でそのまま連絡先の交換までこぎつける事になった。普通の女子の感覚で考えれば、会ってすぐの男子とこうして連絡先を教えるのは珍しい事だったり、不用心な事なのかもしれない。
それでも、私がそうしたのにはいくつかの理由がある。オカルトライターと言う職業柄、同年代の女子たちよりも肝の据わった人間になっていた事と、ハラダ君もまた妖怪に興味を持っている事。これが主だった理由だった。
ハラダ君もまた、近くのギャラリーで開催されていた妖怪展に足を運んでいた。向き合って話しているうちに私はその事を知った。
「最近妖怪に興味を持ち始めて、それで気になって足を運んでみたんです」
フレッシュを入れたアイスコーヒーをストローで飲みながら、ハラダ君はあの時そう言っていた。その顔には笑みが浮かんでいたんだけど、懐かしむような、何となく寂しさを感じているような、そんな笑顔だった。
でも私は、むしろ妖怪に興味を持ったというハラダ君の言葉そのものに反応してしまった。
「妖怪ですか。実は私も妖怪に興味を持っているんです。ただ、何で興味があるかって言うのは私もはっきりしない所があるんですけどね。でも、昔も今も妖怪って漫画とかアニメで取り上げられていて、そういう漫画が面白くって伝説とか知りたいって思ったのかなーって思っているんです」
妖怪もののアニメや漫画が私の妖怪好きの原点かもしれない。この発言は実は半分だけ本当のことで、もう半分は本当の事でもなかった。もちろん、妖怪もののアニメや漫画は大好きだったし、今でも面白い物が無いかしらと思っている事は本当だ。
だけど妖怪ものに興味を持ち、オカルトライターに進んだ理由は他にもある。
やはり――賀茂家と言う陰陽師の子孫であるという事も私の妖怪好きに絡んでいたのだ。陰陽師自体は妖怪を退治する組織とは違う。怪奇現象や妖怪の正体を見定め、専門の術者(密教僧関連の人が多い気がする)に対処してもらうようにお膳立てするのが仕事らしい。
まぁともあれ妖怪に関わる家系の生まれである事には違いない。もっとも私や家族たちはその方面の才能がある訳でもない。それでもやっぱり陰陽師めいた事をやっている親族たちはいた。どうしても妖怪とかの話が家でも出てきちゃうのは、致し方ない事だった。
実際学校に通っている時も、妖怪たち――彼らはナチュラルに人間の学生とか教師に紛れ込んでいるのだ! ――は私に接触してきたし。
「賀茂さんですか。随分と妖怪がお好きなのですね」
ハラダ君はそう言って微笑んでいた。笑顔のままなんだけど、その笑顔が先程とは違っている事に私は気付く。さっきまでは寂しそうな笑顔だったのが、嬉しい物を見つけたという喜びの笑顔に変わっていた。
「――僕が妖怪に興味を持ったのは、実は妖怪たちに出会った事があるからなのです」
そしてハラダ君はカミングアウトをした。妖怪に出会ったと。
一度瞬きした私は、その時ついつい困り顔を浮かべていたのかもしれない。と言うのも、少年みたいな笑みを浮かべていたハラダ君は、またしても自嘲的な、寂しそうな表情になっていたからだ。
何と言うか、ハラダ君は困ったような表情や寂しげな表情がやけに似合っていた。でもそんな顔が似合うなんて、それはそれで悲しい事にも思えたのだ。
「ごめんなさい。妖怪に会っただなんて、そんな事を初対面の男に言われてもびっくりしちゃいますよね。ツチノコやネッシーだって世間ではいるかどうかなんて解らないというのに」
「そんな事は無いわ、ハラダさん」
ハラダ君に対して、私ははっきりと言い切った。
「あなたが妖怪に出会ったって言う話、誰も信じなくても私は信じます。私も妖怪が人間社会に紛れ込んでいる事を知ってますし、何よりハラダさんは嘘をつく人じゃないって思うから」
ハラダ君はハッとしたような表情で私を見つめていた。多分彼は、妖怪と関わらないでこれまで生きてきたんだろう。だからこそ、妖怪に出会ったという話が眉唾物だと思われると考えていたみたい。
でも私は知っている。妖怪は間近にいる事を。関わっていないと思っていても密かに関わっている事を。それに私自身、就職してからも妖怪たちと公式に関わっているようなものだ。島崎主任の弟である島崎君や、雷獣の雷園寺君とかもろ妖怪だし。彼ら以外の妖怪(もちろん島崎主任の知り合いなんだけど)とも顔合わせした事さえあるくらいだ。
「それにですね、私は実はオカルトライターをやっているんです」
賀茂朱里はオカルトライターで生計を立てている。この事実は、あんまり他の人(特に男性陣)には語らなかった事でもあった。女の子でオカルトライターをやっていると聞いて、あんまり良い顔をする男の人は多くなかった。それはもしかしたら私の偏見に過ぎないのかもしれないけれど。
それでもハラダ君にその事を告げたのは、やはりハラダ君の心に寄り添いたいと、そう思ったからだった。寂しそうな表情だけじゃなくて、明るく笑って欲しい。初対面の男の人相手に、私はそんな事を思っていたのだ。
「なのでその、妖怪とか妖怪以上に胡散臭いというか不思議な仕事に携わっている人たちの事も私は結構知ってます。妖怪って結構近所に一杯いますし、それこそ私だって妖怪の知り合いはいるくらいですから。
多分、ハラダさんもビックリなさっていると思います。女の子なのにオカルトライターなんて、て」
「そんな事ないですよ」
ハラダ君は穏やかに、しかし決然とした口調で私に告げた。
「その、お仕事とか趣味をきちんと持っている女の人ってとても魅力的だと思います。何と言いますか、前の彼女は……恋愛をする事ばかり考えているような娘でしたからね」
前の彼女。ハラダ君は渋い表情を浮かべていた。思い出したくない事を思い出したみたいな顔つきでもある。私は一瞬驚いたけれど、そういう事もあるわよと思い直した。見た所ハラダ君は私より年上である。社会人みたいだし、そういう事があってもおかしくは無いだろう。
現に、島崎君や雷園寺君が姉のように慕う鳥園寺さんと言う術者のお姉さんは、二十五、六くらいの時に同業者の男の人と結婚している訳なのだから。
「あの娘も悪い娘では無かったとは思うんです。でも寂しい思いをさせてしまったんでしょうね。ちょっと波長が合わなくて別れてしまいました」
「それはまぁ……」
ハラダ君を気の毒に思いつつも、私は言葉を濁すだけに留まっていた。元カノとの破局は何とつい最近の事件とのこと。従って今自分はフリーで彼女がいない。聞いていないのにハラダ君はそこまで正直に私に伝えたのだった。
私もフリーで彼氏は特にいない。そう告げたのはやはり話の流れによるものだった。
「また今度お会いしましょう」
その言葉がどちらから出てきたのかは今となっては解らない。だけどまた今度は近いうちにやって来るであろう事、そして最後には再び「また今度」と約束を交わす。そんな予感が私の中にはあった。
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