第26話 狐娘(♂)に出会っちゃいました
予想通り、私たちが再会する機会はすぐにやって来た。お盆休みを挟んでいて丁度良かったのもあるけれど、やはり二人とも会いたい、会ったら楽しいという気持ちが強かったのが大きかった。
ハラダ君みたいなタイプの男性は、正直言って職場にはいなかった。倉持君は色々あって若干丸くなったとはいえ、未だにちょっと天狗になる所もあるし、それ以外の男性になるとうんと年上の方々ばかりなのだ。それ以前にそういう人たちは結婚していたり家庭を持っていたりするし。
そんな訳で、私はハラダ君と付き合う事になった。大人同士と言えども、付き合って間が無いわけだからお互いグイグイ来るわけでもない。ハラダ君は男の人にしては控えめだったけれど――それで前の彼女に逃げられたのかもと悩んでいた節はあった――私としてはそれが丁度良かったというのもある。
※
私が廃神社の探索に向かうというと、ハラダ君はごく自然について行くと申し出てくれた。ハラダ君の申し出は正直に嬉しかった。彼氏が私の趣味に理解を示してくれるというのもちろんだけど、それ以上に廃神社探索でのリスクがぐっと下がるからだ。
オカルトライターだの賀茂陰陽師の末裔だの言われるけれど、素の私は非力な女の身である。もちろんそれに甘んじるつもりは無い。でもやっぱり、それだけ危険が多いというのもまた事実だった。
「僕はまだまだ怨霊とか妖怪の事は知らない事の方が多いんだ。でも、それでも賀茂さんみたいな可愛い娘がたった一人で廃神社に向かうのは危ないって判ってるよ。それも夕方にね。だから一緒に行くよ」
「可愛いだなんて、ハラダ君ったら……」
ハラダ君の二の腕辺りを、私は思わず指で突いたり押したりしていた。私の事を真正面から可愛いだなんて! ちょっとだけ浮かれてしまったのだ。え、これって私チョロい女だって思われてないかしら。でもハラダ君も割とガチトーンだったし大丈夫かな。今度トリニキ……じゃなくて鳥園寺さん(既婚者)に聞いてみようかしら。
ハラダ君を見つめながら、私はそんな事をあれこれ思っていた。
先客として彼らが――最初に私が見たのは一人だけだったんだけど――この廃神社にやって来ていると知るまでにそんなに時間はかからなかった。何しろ、狐娘に変化した島崎君が、さも思わせぶりな様子で境内に入ってすぐの所に佇んでいたのだから。
島崎君は――いや、狐娘の宮坂京子ちゃんは清楚で可憐な美少女だった。ミモレ丈のロングワンピースは淡い落ち着いた色調であり、それを着こなしている彼女(厳密には彼なのだけど、敢えて彼女と呼ぼう)の品の良さ育ちの良さが滲んでいて様になっていた。ただただ地味なだけではなく、襟のボウタイや袖口のフリルが見た目相応の少女らしさ(もっとも中身は二十三歳の日本男児なんだけど)を示しているようだった。
――島崎君。今日もきちんとキメているのね。元々お洒落好きな子なのは知っていたけれど……
私は密かにため息をついていた。ハラダ君は何も言わないし気付いていない。多分、いや確実に狐娘の京子ちゃんに目を奪われているのだ。見なくても判る。
隣に愛しの彼女がいるのに、その彼女を忘れて他の女の子を眺めるなんて……! などと言う事を口走るつもりは毛頭ない。私には解るのだ。狐娘の京子ちゃんに目を奪われるのは致し方ない話だと。
そもそも私は眼前の京子ちゃんが島崎君であり、中身が――実際の性別も性自認もれっきとした男であると知っている。それでも気を抜けば、何も知らないハラダ君みたいに可愛い女の子だなぁと思ってしまう程だ。島崎君の変化、擬態能力はその域に到達しているのだった。げに恐ろしきは玉藻御前の遺伝子と言った所だろうか。
しかも島崎君は自身の能力を若い頃より認識し、その才能を伸ばすために学生時代はずっと演劇部に所属していたという。もうそれこそ鬼に金棒ってやつではなかろうか。島崎君は、京子ちゃんは妖狐だけど。
「こんにちは。いえ……この時間帯だったらこんばんはでしょうか。ともあれお久しぶりです」
京子ちゃんは小首をかしげ、その面に浮かべた笑みをゆっくりと深めていった。ああ、うぶな男の子だったらこの笑みにクラクラしちゃうだろうな。そのために絹のハンカチを引き裂くくらいの事は仕出かすかも。そんな風に私は思ってしまっていた。
彼女の魅力は可憐な風貌だけではない。むしろその愛らしい姿に相応しい、清楚で気品のある仕草なのだ。身も蓋も無い生々しい言い方をすれば、男性陣が望むような、幻影として美少女に投影するような仕草でもある。それを余さず再現できるのは、やはり京子ちゃんが男性の持つ願望という物を熟知しているからに他ならない。本体である島崎君はあくまでも男なのだから。恋愛対象は女の子であるから、もしかすると京子ちゃんとしての言動は、彼が望む少女のそれそのものなのかもしれない。
更に凄いのは、そこまで男性陣の願望や幻影を投影させつつも、女性陣の視点から見て不自然さや違和感を抱かせない所である。異性の心を把握するのは難しい話だ。島崎君も女子力や女心を知るために演劇部で研鑽を積んだという。その努力の成果がこれなのだろう。何かが違う気もするけれど、島崎君も楽しそうだしまぁ良いのかもしれない。
ハラダ君は未だ放心状態だ。よく見ればその顔には驚きの念も滲んでいる。
もしかしたら、ハラダ君は京子ちゃんの事を知っているのかしら。そんな考えが私の中にふわりと浮かんできた。
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