第27話 お狐さまは話し上手

 しばらくハラダ君はぼんやりしていたけれど、私が京子ちゃんに挨拶をした事で我に返ったようだった。私の様子を窺いつつも、ハラダ君もまた京子ちゃんに挨拶を交わした。


「こんばんは。お久しぶりです、宮坂さん」


 あ、やっぱりハラダ君も面識があるのね。そう思っている間に、ハラダ君は京子ちゃんに私の事を紹介してくれた。どうも、と言う私の挨拶は、不愛想で不機嫌なニュアンスで捉えられてしまったかしら。実際には、ハラダ君が何処まで京子ちゃんの事を知っているのか、そんな事を考えていただけなんだけど。


「賀茂朱里さんですよね。ご無沙汰しております。最近中々お会いできませんでしたが、お元気そうで何よりですわ」


 挨拶を返す京子ちゃんの言葉は、廃神社の中にあっても普段通りの気品を具えていた。彼女の事をお嬢様と呼びたくなるのも解る気がする。実際には島崎君が変化しているから、むしろお坊ちゃまなんだけど。いずれにせよ、育ちが良くて礼儀正しい事には変わりない。

 案の定、ハラダ君の顔には驚きと戸惑いが混ざり合い、マーブル状に色濃くくっきりと浮かんでいた。見知った可愛い女の子に見とれてしまった事さえも十分気まずく感じているハラダ君の事だ。彼女である私と、可愛いお嬢様である京子ちゃんの間に面識があると知って、心中穏やかではないのだろう。


「あ、その……二人は知り合いなんですね」

「「言うて何回か会って話をしたくらいだけどね。ほら、私って駆け出しだけどオカルトライターでしょ。だから宮坂さんみたいなヒトともお馴染みになるって事があるのよ」


 ハラダ君が問いかける事は解っていた。だからこそ私も、前もって用意した言葉を口にする事が出来た。多分、いや確実にハラダ君は、京子ちゃんをだと思っているわ。もしかしたら妖狐である事は知っているだろうけれど、本来の姿まで知っている訳では無さそうね。

 それで、島崎主任の知り合いなのよ。そう言おうとしたものの、京子ちゃんが――島崎源吾郎君が――慌てて私の言葉を遮り、横槍を入れた。正体を私に暴かれると思って焦ったのか、姉である島崎主任の姿が脳裏をよぎったのか。普通の人間である私には、の真意はあずかり知らぬものだった。

 オカルトライターである仕事柄、私と京子ちゃんは知り合いである。そうした所から始まった話題は、いつの間にか私の先祖とされる賀茂陰陽師の話に発展していた。ハラダ君は当然のように驚いていた。その話は、まだハラダ君にしていなかった。オカルトライターと言うだけでもお腹いっぱいだろうに、そこに来て陰陽師の子孫だなんて言ったら情報の消化不良を起こしそうだし。

 それに私自身は陰陽師らしい力も特にないから、大っぴらに賀茂陰陽師の子孫と言われるのは気恥ずかしい。と言うか本当に賀茂忠行(安倍晴明の師匠だった人)の子孫なのか、私自身も半信半疑だったりする。


「え、賀茂さんって陰陽師の子孫だったの?」

「まぁ何というか……そういう事だって家では伝わっているのよね。とはいえそんなのって自称しちゃう家もあるから本当かどうかは怪しいし」


 とりあえず、陰陽師についてハラダ君に解説した。普通の人が知ってる陰陽師と言えば安倍晴明とか蘆屋道満だろうから。あ、でも子供の時に陰陽師の動画が流行っていた気もする。あれはゲームの一幕らしいけれど。


「うふふ。賀茂さんのおっしゃる事も事実です。ですがそれでも陰陽師の子孫と聞くと興味を持ってしまうんです――何しろ狐と陰陽師は縁が深いですからね。

 何しろ安倍晴明の母親は信太の狐と呼ばれて、伏見稲荷の遣いとされていますからね。葛の葉と呼ばれたこの白狐は、実は蘆屋道満とも因縁があったとされるみたいですし」


 私の解説があらかた終わると、京子さんはさも楽しそうな様子で自分の意見を口にしてくれた。信太の狐こと葛の葉の話にまず言及している京子さんを見て、私はおかしさがこみ上げてしまった。

 陰陽師と狐の話ならば、もう一つの話の方が彼には縁深いだろうに。もしかすると、玉藻御前の末裔であるという正体がバレるのを恐れて、敢えて口にしなかったのかしら。

 そう思いながら玉藻御前と安部何某の話について振ってみると、京子さんは静かに微笑み、それでも思う所があるらしく頬を火照らせていた。


「私は一介の野狐、野良妖狐に過ぎません。葛の葉様の話もそうですが、玉藻御前のお話を私ごときが口にするなんて、恐れ多い事ですわ」

「またまたぁ、宮坂さんったらぁ」


 ああもう島崎君。あなたってば本当に宮坂京子って言う狐娘になり切っているわね。本当に見事なまでの演技ぶりよね。でも、その演技力こそが、ご先祖様の血を継いでいる何よりの証拠なんじゃないの。ニヤニヤ笑いを浮かべながら、私は心の中でそんな事をつらつらと思っていた。

 もっとも、それを口にするなんて野暮な事はしない。私と島崎君だけならば気にせずツッコミを入れていた所だろう。しかし傍らにはハラダ君もいるし、京子ちゃんも京子ちゃんできっと仕事か何かを行うつもりなのだろうから。

 宮坂京子の姿で、自分は時々仕事を行う事がある。島崎君がそう言っていたのを、私はこの時はっきりと思い出してもいた。

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