第28話 雷獣ちゃん、貴女は一体誰かしら?

 そんな風に、私と京子ちゃん(中身は島崎君なんだけど)との会話は思いのほか弾んだ。ハラダ君は結構驚いた様子で私たちのやり取りを眺めていた。それでも、質問されると素直に答えてくれたんだけどね。

 案の定、ハラダ君は京子ちゃんと面識があったらしい。ハラダ君は妙に照れた様子で詳しい話はしなかったけれど、代わりに京子ちゃんが教えてくれた。


「面識があると言っても、一度出会って話し込んだだけですが。それに偶然に偶然が重なったような出会いでした。正直なところ、今回もこうしてお会いできるとは思っておらず、驚いているんです」


 確かにそうよね。女の子らしく(中身はゴリゴリの漢だけど)微笑む京子ちゃんを見ながら、私は心の中で同意していた。話を聞く限り、ハラダ君は妖怪の世界に詳しい人間ではない。妖怪たちもまた、そうした人間に正体を晒した上で接触する事は殆ど無いのだ。だからまぁ……普通の人間は妖怪が傍に居るなんて事は知らないまま、一生を過ごすなんて事も珍しくはない。

 私の場合はオカルトライターだし、そもそも賀茂陰陽師の子孫かもしれないって事で、能力云々は別として妖怪たちと関わりのある暮らしを行っている訳だけど。

 とはいえ、実際にハラダ君は今こうして京子さんと再会を果たしている。偶然の悪戯なのか、それとも……私はそんな事を思いながら言葉を紡いでいた。


「確かにハラダ君は、前に妖怪に出会ったって言ってたわね。そっか、その妖怪って宮坂さんだったんだ。また会えるなんて……本当に凄い事かも」

「う、うん。そうだね……」


 ハラダ君はやっぱり照れたような表情を見せている。上の空と言うか、やっぱり意識はまだ京子ちゃんの方に向かっているっていう感じだった。彼女に……いいえ彼の姿が気になってしまうのは仕方ない事だと私も思っている。向こうは妖狐だし、男の人が好む少女像を(多少彼自身の好みが反映されているにしろ)忠実に再現しているんですから。

 そうしているうちに、一羽の小鳥が私たちの傍をかすめ、わき目もふらずに京子ちゃんの手の平の上に着陸する。白地に茶色のまだら模様が特徴的な、雀よりも小さな小鳥である。確か十姉妹だったかしら。島崎君は四、五年前から小鳥を使い魔にして育てていると言っていたけれど、多分さっきの鳥がそうなんだと思う。


「あらホップ……戻ってきたと思ったらこんなものを拾ってきたのね。変な物を食べたらダメよ」

「プッ、プッ、ポポッ!」


 ホップと言う名は私も何度か聞いた事があった。島崎君は結構色々な事を私に教えてくれて、その中に使い魔である十姉妹のホップの事も含まれていたのだ。それにしても、自分は変化した時は名前を変えているのに、ホップはホップのままなんだ。私はそんな事を思い、少しだけ面白い気持ちになってもいた。


「あ、あの宮坂さん。もしかして一人でここに来たんですか?」


 十姉妹のホップが京子ちゃんの肩に止まったのを見届けてから、ハラダ君は問いかけた。女の子が一人でこんな所に出歩くのは危ないとか、或いは他にもツレはいないのとか、そんな考えをハラダ君は持っているような感じに私には聞こえた。

 実を言うと、私も京子ちゃんにはツレがいるんじゃないかなと思っている。島崎君自身は、雷獣の雷園寺君と結構一緒にいる事が多かったから。


「いいえ。二人で遊びに来たんです。六花は私が怖い話が苦手なのは知ってるんですが……」


 六花。ちょっと困り気味に返答した京子ちゃんの言葉に、私は思わず首をひねってしまった。女の子みたいな名前だけど、一体誰だろう。そもそも京子ちゃんって他の女の子と連れ立って遊ぶ事ってあるのかしら。何のかんの言いつつも中身は男(そして漢でもある)な訳だし……

 あ、と小さく京子ちゃんが声を漏らしたかと思うと、ふいに私たちから視線を外した。ハラダ君と私は振り返って、京子ちゃんの視線の先を何とはなしに確認していた。

 そこには一人の少女が立っていた。ベレー帽を斜めに被り、上下ともに迷彩柄のミリタリーファッションに身を包んだ少女である。淡く輝く銀髪に、獣のようにギラギラとした翠眼、そして出る所は出たメリハリのある身体がひどく特徴的だった。

 この子がきっと、京子ちゃんの言う六花と言う娘なのだろう。彼女が何者なのかは私には解らない。だけど彼女が妖怪で、そして恐らくは雷獣なのかもしれないと直感的に思っていた。もっとも、雷獣と言うのは雷園寺君の容姿と眼前の女の子のそれに共通点があったからかもしれないけれど。そう思うとますます雷園寺君に似ている気がしてならなかった。

 もしかしたら雷園寺君の妹さんか、従妹とかの親族なのかもしれない。今度島崎君たちに聞いてみようかしら。私はのんびりとそんな事を思い始めていた。

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