第29話 雷獣娘の大胆発言

「あら六花。戻ってきたのね」


 銀髪に翠眼、そしてミリタリーファッションに身を包む少女を見るなり、京子ちゃんははっきりとそう言った。やっぱり京子ちゃんはお嬢様らしい物言いだなと私は思っていた。

 六花と呼ばれたその少女は、何となく猫っぽい雰囲気の女の子でもあった。腰から伸びる尻尾が猫らしく細長かったから……という訳ではない。翠眼の中で黒々と広がる瞳孔は人間のそれよりも大きい感じがしたし、身のこなしや動き自体も人と言うより猫、野生動物っぽかった。

 やっぱりこの子は雷園寺君なのかな。でも、雷園寺君は女の子に変化するって話は聞いてないけれど。

 ちょっとしつれーい。私がそんな事を思っている間に、六花ちゃんは私たちの間を通り抜け、京子ちゃんの傍に戻っていた。彼女の汗の香りが僅かに鼻先をくすぐる。やっぱり妖怪も今年の暑さには難儀しているんだわ。私は反射的にそう思った。


「京子ちゃん。ここの廃神社の周辺の下調べ、私がやっといたからね」

「ありがとう六花。やっぱり調査事って六花の方が得意ですものね」

「あはははは、褒められると照れるなぁ……言うてそっちも小鳥ちゃんを使って下調べしたんでしょ」


 六花ちゃんはそこまで言うと、ズボンのポケットから缶ジュースを取りだして京子ちゃんに手渡した。


「はいこれ。まだ暑いしジュースを買って来たよ。京子ちゃんも好きでしょ? すぐ傍に自販機があったからさ」


 すぐ傍に自販機……? 私とハラダ君は顔を見合わせた。私たちもここに向かって歩いて来たけれど、すぐ傍に自販機なんて見かけなかったはず。もしかしたら、六花ちゃんは私たちとは別のルートでここまでやって来たのかもしれない。妖怪だから、すぐ傍の基準が私たちとは違う可能性もあるけれど。

 そんな風に、妖怪娘二人(少なくとも京子ちゃんは男の子だけど)でしばらく盛り上がっていたんだけど、六花ちゃんの視線はややあってから私とハラダ君に向けられた。

 ハラダ君に視線を向けた六花ちゃんの顔に浮かんでいるのは、子供らしいあどけない笑顔だった。


「久しぶりだねハラダ君! 女の人と一緒って事は新しい彼女が出来たんだね。いやぁ、良かった良かった」

「……もう、六花ったら……」


 京子ちゃんがそう言うまでには若干のタイムラグがあった。島崎君は元々真面目な性格で、特に恋愛事とかで相手をからかったり茶化したりする事は殆ど無い。いっそ苦手な方でもあった。そうした性格は、変化姿の別人である京子ちゃんにも受け継がれていたのだ。

 京子ちゃんとしての姿と、島崎君の本来の姿は確かに似ても似つかない。それでも、言動や仕草などと言った細々としたものはどちらも似通っている。島崎君がそれに気付いているのかどうかは解らないけれど。

 あ、はい……ちょっと気弱そうな声を上げて、ハラダ君が六花ちゃんを見つめ、口を開いた。


「梅園さん。おかげさまで僕も元気にやってます。はい……確かにあれから彼女も出来ましたし……賀茂さんって言うんです」

「か、賀茂朱里と言います。ええと、その……」


 話の流れで自己紹介する運びになったけれど、それでも私は六花ちゃんを相手にどう挨拶を切り出そうかと悩んでしまっていた。ハラダ君や京子ちゃんの言葉のお陰で、六花ちゃんのフルネームが梅園六花である事は判った。

 私が悩んでいたのは、初めましてで良いのかこんばんはで良いのかと言う所だったのだ。そんな私の心中を知ってか知らずか、六花ちゃんはふふっと笑った。


「初めましてになるかな、賀茂さん。確か陰陽師の末裔なんだよね。京子ちゃんから賀茂さんの事は少し聞いていたから知ってるんだ。

 私は梅園六花。そこの狐っ子の京子ちゃんの友達をやってるんだ。今後ともどうぞよろしく。あ、ちなみに私は雷獣だよ」


 六花ちゃんはさも得意げに二尾を揺らしていた。雷園寺君は三尾だったな。私はふとそんな事を思っていた。


「それにしても、縁というか運命のいたずらって面白い物だねぇ」


 目を細め、何かを思い出すかのように六花ちゃんはそう言った。彼女も尻尾以外は人の姿を取ってはいる。それでも全体的に猫らしい、獣らしい雰囲気がはっきりと漂っていた。京子ちゃんや島崎君に対しては、それほど獣らしさを感じる事は無いのに。それが個人差なのか、それとも種族の違いなのか、はたまた人間の血を引く半妖と純粋な妖怪の違いなのか。その辺りはまだ私には解らないし、興味深い案件でもあった。

 でも、六花ちゃんはそんな私の思惑や考え込むハラダ君をよそに、ごくごくフリーダムに言葉を続けた。


「実はさ、私も京子ちゃんもハラダ君とは一晩限りの縁だと思ってたんだ。ほらさ、私らって妖怪で、ハラダ君は普通の人間でしょ。だから多分あれっきりだと思ってたんだけどね。

 だから今回こうやって出会えたのも、何か不思議だなーって思ったんだ。しかも今度は陰陽師の子孫の彼女を連れてるなんてね」

「六花、ちょっと……」


 慌てて咳払いする京子ちゃんの顔は、焦りと戸惑いであからさまに紅潮していた。恥ずかしがっている京子ちゃんとは裏腹に、六花ちゃんはあっけらかんと笑うだけだった。いたたまれなくなったのか、京子ちゃんは俯いてしまう始末である。色々と潔癖な所のある彼の事だから、六花ちゃんの言い方にはちょっと思う所があったのだろう。


「あ、そ、そうだったんだ。ハラダ君と、あなた達の間にそんな事があったのね……」


 ハラダ君もまた気まずそうな表情で私を見つめ返していた。妖怪たちに出会った時のことをハラダ君が言いたがらなかった理由が何であるか、私は悟った気がしたのだった。

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