第30話 なし崩しにお泊りです
雷獣の六花ちゃんが放った一晩限り発言に驚いた私たちは、そのまま調査の事も忘れて引き返す事にした。と言うよりも、私が用事をでっち上げて、ハラダ君に帰るように促したんだけど。ううむ、後で噓つきのワガママって言われたらどうしようかしら。でも私だって驚いたし、ハラダ君は優しそうだから怒らない……と思いたい。
だけど動揺していたのはハラダ君も同じみたいだった。何せ私がずっと付いて来ている事に違和感を抱いていないみたいだったから。
結局、本当は用事が無い事を打ち明けたのは、ハラダ君がドアの鍵を開け始めたまさにその時だった。でもその時に、ハラダ君の家に泊まるという用事が発生したのだとも思った。
「ううん。今用事が出来たわ。ハラダ君、今日泊っても良いかな?」
「今日……?」
「うん。折角ここまで来たし、それにハラダ君とは色々とお話したいから」
やっぱり急に言うのはマズかったよね。若干自責の念に駆られつつも、私はハラダ君の目を覗き込んだ。万が一のために着替えとか簡単なお泊りセットも持ってきているし(寝る時はこの服装でも良いかなと思ってる。一晩だけだし)、駄目だったらここは大人しく引き返そう。
ハラダ君が頷いたのは、私がそんな風に考えていた丁度その時だった。
「良いよ賀茂さん。もう僕たちも何回かデートしてるし、夜になるのに女の子を追い返すなんて可哀想だもん。僕は大丈夫。女の子が部屋に遊びに来たらどんな感じなのか、大体解ってるから」
そこまで言うと、ハラダ君はばつが悪そうな表情を見せた。屈託ない笑顔を見せていた六花ちゃんの姿が、私の脳裏には何故か浮かんでいた。
「あ、でも……別に僕、遊び慣れてるとかそんなんじゃないよ。元カノが結構甘えん坊だったから、それで部屋に遊びに来たりとか、泊り込んだりした事があってね……って、元カノの話もあんまり嫌だよね?」
「大丈夫よ、それこそ私も大丈夫だから」
私がそう言うと、ハラダ君は安心した様子だった。やっぱり私よりも、ハラダ君の方が気が動転しているみたい。
※
そんな訳で、私はとうとうハラダ君の部屋に通されることになった。一人暮らしの男性の部屋にしては綺麗な部屋だわ。まず頭に浮かんできた感想はそれだった。真面目だから美意識が高いのかもしれないし、もしかしたら名も知らぬ元カノは結構ここに遊びに来ていたのかもしれない。そう思えば、小物とか雑貨もちょっと女の子向けにも見えなくもない。
そんな事を私は思っていたけれど、遂にその質問を切り出した。
「ハラダ君。前にハラダ君は妖怪に会ったって言ってたけど、あの子たちの事だったのね」
「うん……」
頷いたハラダ君は、さも気まずそうに視線を逸らしていた。その姿が何とも憐れで、そして何となく可愛らしくもあった。年上の男の人に可愛さを見出すなんて。そう思いつつもそんな事を感じてしまったのだから仕方がない。
でも私は気になってはいた。京子ちゃんたちとの間に何があったのか。まぁ多分妙な事は無かったとは思いたい。そうでなくても、妖怪たちをこの部屋に招いた後に何があったのか普通に気になった。
「賀茂さん。六花さんの……梅園さんの言った事は気にしないで欲しいんだ。確かにあの娘たちをこの部屋に泊めたのは事実だけど、変な事とかは一切してないから」
「ハラダ君があの二人と何もなかったって事は私も信じるわ。ハラダ君が良い人だって私も知ってるし、何よりあの子たちの事も……」
気まずそうなハラダ君に対して私は助け舟を出した。ハラダ君は京子ちゃんたちの正体を全て知っている訳では無さそうだ。それでも少なくとも、京子ちゃんたちとスケベな事をしでかした訳ではないと踏んでいた。
可愛くて清楚な女の子に化身しているものの、京子ちゃんの中身は男性である。男性が恋愛対象でもないので、女の子に化身していても迫られたら拒絶するはずだ。それこそ、島崎源吾郎としての本性を晒す事になったとしても。
雷獣の六花ちゃんに関しては、もしかしたら本当の女の子なのかもしれない。それでも彼女の身に何かあれば、誰かが悪心を起こしたとあれば、島崎君とて黙って見過ごす事は無いはずだ。
そう言った事を考慮して、何もなかったという言葉を私は信じたのだった。ハラダ君自身も、そんなに色欲にがっついた人でもないし。
「ね、だからハラダ君があの二人を泊めた時の事、教えて欲しいな? 別にその事で怒ったり笑ったりしないわ。ただちょっと興味があるから聞きたいだけ。あの子たちとどんなふうに出会って、どういう成り行きで泊り込む事になって、どんな感じだったのかをね。ほら、私もオカルトライターの端くれだし」
私の言葉が終わると、ハラダ君は少ししてから笑ってくれた。安心してくれたんだと思ったし、私も京子ちゃんたちとハラダ君がどんな夜を過ごしたのか気になっていた所だった。普通の人間と妖怪の交流と言うのも面白い事だもの。
「あの日は僕にとっても色々と忘れられない一日だったんだよ……」
その言葉を皮切りに、ハラダ君はその日の事を話し始めた。その表情や目つきは遠くの物事を探るような雰囲気を漂わせていた。
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