第31話 妖怪たちとの夜の話

 ハラダ君の話によると、全ての始まりはやはり数週間前の夜の事だったらしい。その時ハラダ君は元カノと交際していたのだけれど、その元カノに手ひどくフラれてしまったのだ。他の男の子と交際していて、そちらに鞍替えしたという事だったのだ。しかも元カノの浮気相手はハラダ君の職場の後輩でもあるという。失恋していたとは聞いていたけれど、中々にヘビーな話だった。ハラダ君が恋愛にちょっと消極的になるのも致し方ない話だとも思う。


「それであちこちブラブラして気を紛らわしていた時に、あの二人に出会ったんだ。向こうは向こうで遊んでいる間に終電を逃してどうしようか困っていたから、なし崩し的に二人を泊めたんだ」

「……その時には二人が妖怪とは知らなかったのよね?」


 答えは解っているはずなのに、私はつい質問を投げかけていた。取材チックに物事を問いただそうとするのは、或いは私の癖、職業病のような物なのかもしれない。


「そうだよ。彼女らが実は妖怪だって知ったのは後になってからの事なんだ。六花さんが……いや雷獣の梅園さんがうっかり尻尾を出しちゃったからね。それでまぁ二人は正体をカミングアウトしたんだ。せざるを得ない状況になっちゃったって感じかな」


 ハラダ君の答えは想定通りだった。妖怪たちは人間社会の傍で暮らしている生き物だけど、人間たちの前に姿を現す時は、たいていその本性を隠す事が多い。妖怪の事に詳しい人間に対しては別だけど、妖怪たちなりに人間社会の秩序を崩さないように心を砕いているらしい。

 もしかすると、島崎君はそうした所に他の妖怪たちよりも敏感なのかもしれないと思った。島崎君は半妖であり、父親や兄姉たちから人間としての暮らしを学んでいたはずだから。


「まぁ、人間に変化している妖怪は普通は正体を隠して人間として振舞うものね。ハラダ君は元々妖怪の世界に詳しい人でもなかったし、その辺りは特に不自然な事じゃないと思うわ」


 そうなんだ……とハラダ君は感心したように声を漏らしている。人間の姿に変化して擬態している事の多い妖怪たちだけど、本来の姿は人間に近いとは限らない。むしろ動物の姿である事の方が多いくらいだ。妖狐や化け狸は名前通りキツネとかタヌキの姿だし、雷獣だって獣の姿が本来の姿だ。

 もちろん例外もいて、人に近い姿の妖怪もいる。人間の血を引く半妖も、本来の姿は人間に近い。それこそ島崎君は、尻尾以外はほぼほぼ人間と変わらない姿だし、兄姉たちはその尻尾すら無いのだから。

 ともかく、獣や動物の姿なのに、人間の姿を維持する妖怪たちはそれだけでも凄いのかもしれない。


「そうなんだ……確かに僕もかなりびっくりしたよ。それに宮坂さんも大体の人間は妖怪を怖がるものだって言ってたしね。正直な所喰い殺されないかとかって思っちゃったもん。でもあの二人はそんな事も無かったし良い娘だったから大丈夫だって思い直せたんだけどね」

「あの二人が良い子って言うのは私も解るわ。そもそも、妖怪って殆ど人間を襲わないみたいだし」


 世間にある妖怪のイメージと、実際の妖怪の活動にはかなりの違いがある。大体漫画とかアニメでは妖怪が敵役で、人間を積極的に襲うという描写がある作品も多かったりする。それこそハラダ君が言うように、人間を喰い殺すとか人間の血肉を主食にしていると言った話もあったと思う。そんな世界でも半妖が存在したりして、それでエモい感じにするみたいなんだけど。

 あと多いのは、科学や文明が発達してしまったから、妖怪が姿を消しつつあるという感じの話だろうか。

 まぁどっちも妖怪の実像と違うみたいなんだけど。確かに人間を襲ったり悪事を働く妖怪もいるらしいけれど、彼らが悪であるという訳では無い。人間社会とは違うと言えども社会規約とか規律とかそんなのがあるみたいだし。少なくとも、島崎君と雷園寺君は人間を襲う手合いでは無いはず。

 あと科学技術の発展で妖怪の存亡が危ぶまれているというのはでもある。妖怪たちと接触する限り、彼らは科学技術にゴリゴリに適応しまくっている。島崎君も雷園寺君も研究職だと言っていたし(しかも人間の血が濃い島崎君よりも、純血の妖怪である雷園寺君の方が機械とかそっち方面に強いそうだ)それどころか、人類が今使っている科学技術は、強くて賢い妖怪の使う術のであるという通説まであるくらいだ。

 現実と全く違う妖怪のイメージが人間社会に浸透しているのは何故なのか。それは私にも解らない。少なくとも、妖怪たちはそうした事を気にしていないのだろう、と思うのが関の山だった。妖怪自体が、人間には手に負えない存在である事には違いないし。


 その後ハラダ君は、泊った二人と何があったのかを割とあっさりと教えてくれた。要するに失恋話を聞いてもらって、その上で励ましてもらったという事だったのだ。まぁ途中で、六花ちゃんと酒盛りにもつれ込んだり、妖怪だと解ってから尻尾をモフってみたりしたみたいだけど。

 京子ちゃんたちの話をするハラダ君の表情は、見ていて切なさがこみ上げてきた。二人に対する思慕の念も伝わって来たし、その事に対する罪悪感も併せ持っていたみたいだから。

 だから私は、ハラダ君を見据えてきっぱりと言い放ったのだ。


「あの二人の事は忘れた方が良いわ。私があの子たちに嫉妬しているって思ってくれても良いわ。でも私には解るのよ。ハラダ君が……人間の男の人があの二人とより深い関係を結ぶ事は難しいってね」


 少なくとも京子ちゃんは男だし。と言っても、その事を敢えて伝えるつもりは無かった。あのままあの二人に会わなければ忘れるだろうし、わざわざ伝えても、余計にハラダ君を混乱させるだけだから。好きな男の人をいたずらに混乱させる事はしたくなかった。


「確か宮坂さんが妖狐の半妖で梅園さんが雷獣だったわよね。どちらにしても人間とは全く違う生き物なのよ。妖狐はそもそもからして人間を惑わして化かすのが本業みたいなものだし、雷獣は気性が激しいばかりの獣妖怪だからね。ものの考え方とかからして人間とは違うの。

 それにもちろん、あの子たちは人間よりも圧倒的に強いわ。他の妖怪と較べればまだ弱い方かもしれないけれど……」


 妖怪は悪でも無ければ恐怖の権化でもない。しかし人間とは違う生き物なのだ。その事が、ハラダ君からあの二人への関心を遠ざけるための最大の武器になりそうだと、この時私は気付いたのだった。

 ともあれ妖怪は人間とは違う生き物だし、そもそもからして強い存在である。ハラダ君が五体満足で、尚且つ京子ちゃんたちも友好的な態度を見せている。それだけでも、あの夜妙な事は何も起こらなかったという証拠としては十分すぎるのだ。


 かくして私はそのままハラダ君の部屋に泊まる事になった。お互い緊張していた事もあり、夜は思いのほか長かった。ただそれだけなんだけどね。

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