第9話 チャラ男君の発言は意味深です

 結局のところ、電源の復旧はお昼の二時ごろに終了した。復旧工事に呼ばれていた雷園寺さんたちも一部の社員に見送られて帰っていった。

 社内では社員たちが復旧後の確認を行う事になり、てんてこまい状態だった。もちろん僕も、復旧確認を行う社員の一人だったんだけど。


「やっと終わりましたねぇ……」


 そんな中、頃合いを見計らって町谷君が声をかけてきた。若手社員である彼は確認する機械は自分のパソコン位で、若干手持ち無沙汰だったのかもしれない。だけどそれでも、その顔やその声には安堵の色が濃かった。


「こら町谷君。そんなにダレてちゃあ部長とか係長に小言を言われるぞ」


 言いながら、僕は何故町谷君が安心しきった様子を見せているのか心当たりがあった。工事を行っていた業者の二人が、雷園寺さんと島崎さんが敷地を後にしたから喜んでいるのだろう。


「俺さ、休み時間にあの二人と話をしたんだけど、二人とも感じの良い好青年だったよ。雷園寺さんも見た目は派手だけど礼儀正しい感じだったし」


 ちょっとだけ声のトーンを落として僕は言った。雑談していると上司に睨まれてもややこしいと思ったからだ。だけど町谷君の偏見じみた考えを解消したいとも思っていた。

 ところが、町谷君は僕の言葉を耳にするや表情を一変させた。訝しげな表情を見せたかと思うと、つまらないギャグを耳にしたと言わんばかりの笑みを浮かべたのだ。


「ああ、あのハクビシンみたいなやつは雷園寺って言うんですか。びっくりするほど名前だと思いますがねぇ。その雷園寺君が、今日はわざわざ停電の復旧工事に来たとは……マッチポンプじゃあなければ良いんですけれど」

「今なんて言ったのさ、町谷君」


 何でもないです。そう言った町谷君はバツの悪そうな表情を浮かべていた。最後の言葉だけ小声で呟いていたので聞き取れなかったが、雰囲気的に聞き出せそうな感じでもない。


「とりあえずハクビシンで調べたら色々と面白い事が解りますよ。なんせハクビシンはらい――」


 さも得意げに解説を始めようとした町谷君だったけど、彼はぎょっとした表情で言葉を打ち切ってしまった。僕たちのすぐ傍を係長が通りかかったからだ。係長は割合ひょうきんで優しい人だけど、それでも僕たちが世間話ともいえない雑談をしているとなると良い顔はしないだろう。

 僕たちは顔を見合わせてから業務に戻った。



 仕事終わり。僕はスマホを使ってハクビシンについて調べていた。やはりハクビシンは実在する動物という事もあり、動物としての情報が上位にずらりと並んでいた。家屋に棲みつくために害獣と見做される事もあるらしい。可哀想な気もするが、変な寄生虫やウィルスを保有しているとの事なので仕方ない事だろう。

 けれど町谷君の言う「興味深い情報」はあるにはあった。フリー百科事典には「雷獣の正体はハクビシンの可能性が濃厚」という記載が、ハクビシンの項目の所にあったのだ。

 ハクビシンが雷獣の化身……? 僕の頭の中で何かが繋がりそうな予感がした。

 状況が許せば、町谷君を探し出して問いただしていた所だろう。しかし町谷君はとうに退社しており僕の前から姿を消していた。まぁ町谷君も町谷君で用事とかあるだろうから仕方がない。それに僕自身も町谷君と接していると、過去の事とかで心がひりつく事もあるにはあるし。


 そんなわけで、僕はハクビシンと雷獣の関係性について書店で調べる事にした。スマホで調べるよりも本を当たった方が確実な気がしたからだ。ネット検索ならばパソコンという手もあるんだろうけれど、生憎家にはパソコンは無いから仕方がない。

 モールの中の書店という事もあってか、田舎町にしては本の品揃えは充実している方である。

 妖怪関連の書籍たちも難なく発見できた。サブカルチャー・都市伝説の本棚に妖怪コーナーがきちんと出来ていたのだ。これももしかすると妖怪ブーム・オカルトブームが令和の世でも生き残っている証なのかもしれない。

 特に今年は三月初旬に殺生石が割れたという珍事も発生していた。九尾の狐が復活し、世間を混乱のどん底に突き落とすのではないか。そのような噂も立ち上っているみたいだし。それこそ今度賀茂さんに会った時に話を聞いてみようかな。そんな事も僕は思ったりしていた。

 さて僕は本の背表紙をしばらく眺めていたんだけど、ややあってから一冊の本に手を伸ばしてみた。わかりやすい! 図解、というキャッチコピーが魅力的だ。実際に妖怪に遭遇したとはいえ、僕自身は妖怪初心者みたいなものだし。ネット上で有名な若い絵師が、明るく爽やかなアニメ調の画風で妖怪たちを描いているというのも魅力的だし。

 幸いな事に、その本には雷獣の記載もあった。但しネットの百科事典みたいに話は単純では無かった。確かにハクビシンや猫みたいな姿のイラストもあるにはある。しかし雷獣とはそもそも落雷と共に落ちてくる獣を示す総称らしい。そのために雷獣の姿は伝承によってまちまちであるとその本には書かれていた。狼のような姿をした者、長生きしたイタチと同一視された者の他に、獣姿だけど六本足のものや巨大な甲殻類のような姿と言った異様な雷獣の姿の伝承もあるらしい。

 僕は雷獣の項目に目を通しただけだったけれど、この本を購入する事に決めた。興味深い事ばかり記してあるから立ち読みではもったいない。それに先程から蒼白い顔の店員が、早く買えとばかりに圧をかけてくるし。

 ここまで面白い本はいったい誰が書いているんだろう。気になった僕はちらと奥付を見やった。著者というか、文章を担当している人は島崎幸四郎というらしい。経歴の上に小さな顔写真まで掲載されていた。生年月日にそぐわない程若々しい顔つきであるが、モノクロなので昔の写真なのかもしれない。

 写真の島崎幸四郎は神経質そうな表情を見せていたが……そののっぺりとした顔は雷園寺さんと共に回線の復旧工事に訪れた若者に恐ろしいほどだった。

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