第一章:美少女妖怪と僕の再会、そして彼女
第1話 神社で狐娘に出会うなんてベタですか?
「ごめんねハラダ君。折角付き合ってもらってるのに、何か色気もなんもない所で」
「別に僕は大丈夫だよ賀茂さん。むしろ、僕が君の役に立てて嬉しいよ……」
申し訳なさそうに告げる
とはいえ賀茂さんとは波長が合うというか、気が合う感じがしてそれが僕には心地よかった。派手な恋愛感情が来ている訳じゃあないけれど……前の恋愛が恋愛だったからこういう恋愛もアリかなと僕は思っている。
ともあれ僕たちが足を運んでいるのは、とある廃神社だった。心霊スポット的な所として、知る人は知る場所ではあった。ところが最近、訪れた参拝客――と言っても肝試し感覚でやって来た若いカップルとか暇を持て余した学生とかがメインなんだけど――が、怪奇現象らしきものに見舞われているらしい。怪奇現象というよりももっと直截的な感じだとネットにも書いてあった気はする。
その怪奇現象の正体が何であるか。僕たちはそれを探るためにわざわざこの廃神社に来ていたのだ。関心を示したのはもちろん賀茂さんの方だ。こうした物への関心が元からあるのかオカルトライター故の職業病なのかは僕にはまだ解らない。
とにかく彼女は肝試しの舞台に出向く事を望み、僕もまた彼女に同行した。それこそが事実としてあるだけの話だった。
「ここで何が起きているか、その尻尾でもつかめたらネタになると思ってるの……あ、ごめん。仕事の話になっちゃったね」
「別に良いよ」
賀茂さんはオカルトライターという仕事を大層気に入っていた。仕事に関する話をする賀茂さんはイキイキしていたし、何しろ彼女には島崎主任という先輩ライターにあこがれ、彼女のようになりたいと言っていた訳であるし。話を聞く限り、島崎主任というのはバリキャリの気配がある。しかもアラフォーなのに若々しく気さくな女性らしい。若い新入社員みたいな賀茂さんが憧れるのも無理からぬ話だろう。
今日もこうして廃神社に意気揚々と訪れたのも、そうした考えがあったからだろう。僕は密かにそう思っている。
「賀茂さんは仕事熱心で真面目だし、僕も似たような感じだから気が合うなぁって思うんだ。それに、こんな所に君が行くと知っていて、一人で送り出すなんて事は出来ないよ……やっぱり危ないもん」
踏みしめる足許で枯れ葉の潰れる音が響く。僕たちはまだ廃神社の入り口までたどり着いてはいない。整備されていない田舎道にありがちな、雑草が繁り枯れ葉も落ち放題という道を二人で進んでいた。
とはいえ件の廃神社は、さびれていると言えども結構広いらしい。下準備としてアレコレ調査していた賀茂さんの話からしてそんな感じだったし、何より僕たちは一つ目の鳥居をくぐった所だった。
今でこそ心霊スポットだのなんだのと言われているが、昔はきっと人でにぎわった格式のある神社だったのかもしれない。僕はそんな事を思っていた。
「やっぱりハラダ君も心霊現象とか怪奇現象は気になるよね?」
ほとんど確認に近い声音で賀茂さんが尋ねてくる。僕は少し迷ってから頷いた。
「正直なところ、元々は半信半疑だったんだ。だけど前に話したように妖怪と遭遇したから……」
賀茂さんは僕がこの前妖怪たちに遭遇した事を知っている。話の一部とはいえ僕が教えていたからだ。妖怪に興味を持ったきっかけとして、話の流れとして僕は白状したのだ。白状したときはもちろん変な目で見られるんじゃあないかって言う懸念はあるにはあった。妖怪は架空の世界では人気だけど、本気で実在するって信じている人は少ないわけだし。
しかし幸運な事に賀茂さんは僕の言を信じてくれたのだ。だからこうして交際が進んでいるという節もある。
とはいえ僕は具体的な事――件の妖怪たちが魅惑的な少女の姿をしていた事――は口にはしていない。妖怪と言えども美少女二人に出会って家に泊めていた。その話を女性である賀茂さんが聞いたらいい気分にはならないだろう。僕はそのように踏んでいたのだ。
「妖怪は案外すぐ傍に居るものよ。人の姿への擬態も簡単にやっちゃうわけだし」
今回も賀茂さんはそう言っていた。オカルトライターな彼女の言葉には、何とも言えない重みと説得力が伴っているように感じてならない。
※
さてそうこうしているうちに僕らは廃神社の入り口に到着した。予想通り大きな社である。しかし手入れがほとんどなされておらず、屋根は朽ちかけて所々凹んでいた。神社の見張りであるとされる狛犬の像も所々欠けている。元々が壮麗な社で会った事が窺える部分があるから、一層寂れ具合が目立って仕方がなかった。
「あ、誰かがいるわ」
僕と賀茂さんは、境内の内側に誰かが佇んでいるのを発見した。参道のすぐ横に生えている巨木の隣にその人影はあった。若い女の子だった。ミモレ丈の淡い色調のワンピース姿なんだけど、袖口にはフリル、襟元にはボウタイがあしらわれそれらがアクセントになっていた。
歳の頃は十七から十九くらい。すらりとした身体つきと、おっとりとした雰囲気の整った面立ちが印象的である。肩に触れるかどうかという長さの黒髪は、相変わらずまっすぐ下ろされている。
女の子は既に僕たちの姿に気付いていた。少し身を動かして僕らに近付いた彼女の顔には驚きの色はない。僕たちの存在に気付いてから、彼女はたおやかな笑みを浮かべていた。
「こんにちは。いえ……この時間帯だったらこんばんはでしょうか。ともあれお久しぶりです」
ワンピース姿の少女はそう言って笑みを深めた。こんにちはだろうとこんばんはだろうと僕は挨拶を返すべきだったはずだ。だけど彼女の顔を凝視したまま、驚いたせいで言葉が出てこなかった。
僕はその時にはすでに、彼女が宮坂京子である事に気付いていた。賀茂さんに出会う前に遭遇した妖怪の一人、お嬢様らしい雰囲気の妖狐の美少女。それこそが今ここにいる京子さんに他ならない。
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