第2話 恋人は陰陽師の子孫らしいです
「こんにちは、お嬢さん」
しばし放心状態になっていた僕だけど、隣の賀茂さんの放った挨拶でどうにか気を取り直した。若干賀茂さんの声はひんやりとしていたけれど、それは気のせいだと思う。
「こんにちは、お久しぶりです、宮坂さん」
しばらくぶりですね。微笑む京子さんの視線は僕を捉えていた。僕の隣には彼女である賀茂さんが控えているのだが、京子さんの笑みは変わらない。僕は賀茂さんをちらと見やってから口を開いた。とりあえず報告するのが筋であろうと。
「あ、隣の子は僕の新しい彼女です。賀茂さんというんです」
どうも、賀茂です。賀茂さんの挨拶は割合に簡単な物だった。フィールドワークに勤しむ彼女も、もしかしたら京子さんを見てびっくりしたのだろうか。
「
京子さんの言葉に僕は目を丸くした。まさか彼女が賀茂さんの事を知っているとは。
「あ、その……二人は知り合いなんですね」
僕は驚き戸惑いながら問いかけた。賀茂さんに問いかけたのか京子さんに問いかけたのか、自分でも良く解らない物言いだった。
まず僕の問いに頷いたのは恋人である賀茂さんだった。京子さんを見てから僕に視線を向けたのだけど、心持ち表情が堅い。
「言うて何回か会って話をしたくらいだけどね。ほら、私って駆け出しだけどオカルトライターでしょ。だから宮坂さんみたいなヒトともお馴染みになるって事があるのよ。しかも島崎主任とも――」
「賀茂さん。駆け出しだなんて謙遜が過ぎますわ」
賀茂さんの言葉を半ば遮る形で京子さんが告げる。やや無作法な態度にも見えるけれど、不思議と野暮な事をしたようには見えなかった。やっぱりお嬢様らしい優雅な物腰と清楚な見た目故の事なのかもしれない。
だけど京子さんが一瞬焦ったような表情を見せたのは気のせいだろうか?
僕の思惑をよそに、京子さんは賀茂さんを見据えて微笑んでいる。何事もなかったかのような笑顔である。
「謙遜も何も、私は社会人二年目よ。まるっきりの新人じゃあないけど、それでも駆け出しに違いないわ」
「そうかもしれませんが、賀茂さんはその名の通り陰陽師の一族・賀茂家の末裔ではありませんでした? もちろん、安倍晴明を祖とした土御門家よりは世間の知名度は下がるかもしれません。それでも賀茂さんの業界では相当なブランドになるかと僭越ながら思うのです」
陰陽師に安倍晴明だって……! 僕はびっくりして賀茂さんに視線を向けた。賀茂家とかいう陰陽師の一族の事は初耳だった。だけど僕は一応陰陽師の事は知っている。子供の頃なんかちょっとしたブームになっていたからだ。漫画とかでも白い竜を操って悪霊を喰い殺す話とかもあったし。あれも確か安倍晴明の子孫の話だった気がする。
「え、賀茂さんって陰陽師の子孫だったの?」
「まぁ何というか……そういう事だって家では伝わっているのよね。とはいえそんなのって自称しちゃう家もあるから本当かどうかは怪しいし」
一旦賀茂さんは京子さんを見やってから解説してくれた。陰陽師の有名どころは安倍晴明や蘆屋道満であるのだが、賀茂家の陰陽師である賀茂忠行は安倍晴明の師匠だったと伝わっている。そして賀茂さんは賀茂忠行の遠い子孫……になるそうだ。
「ちなみに陰陽師ってそんなに派手な仕事じゃあなかったらしいわよ。妖怪と派手にバトルしたりするって言うのは、陰陽師ブームになってからの創作に近い所があるからね。もちろんお祓いをしたり悪霊の正体を見定めたりするのは陰陽師の仕事だけど、実際にお祓いするのはお坊さんに任せていたみたいなの。
それに私自身、陰陽道の修行とかやってないわ。だからそっち方面の知識がある一般人と思ってくれて大丈夫だからね」
賀茂さんの説明を、僕は半ば感動しながら聞いていた。オカルトライターという職業からも解る通り、彼女は若干オタク気質のある人物だった。今回もそんな気質がいかんなく発揮されたんだけど、知らない事を知る事が出来たから、傍で聞いていてとても興味深かった。
もっとも、賀茂さんにしてみれば陰陽師の子孫というステロタイプが憑きまとう事を鬱陶しく思っている節もあるのかもしれない。
「うふふ。賀茂さんのおっしゃる事も事実です。ですがそれでも陰陽師の子孫と聞くと興味を持ってしまうんです――何しろ狐と陰陽師は縁が深いですからね」
京子さんは臆せず狐という単語を使っていた。それだけではない。一瞬だが彼女の背後で銀白色の尻尾のような影が浮き上がりもした。尻尾は何本もあるように見えたけれど、すぐに見えなくなったので何本かは解らない。
賀茂さんは面識があるだけではなくて、京子さんが妖狐である事も知っているみたいだ。彼女の言動を見てそう思うほかなかった。
「何しろ安倍晴明の母親は信太の狐と呼ばれて、伏見稲荷の遣いとされていますからね。葛の葉と呼ばれたこの白狐は、実は
狐と陰陽師の話について、京子さんはつらつらと語ってくれている。口調はよどみなく言葉に詰まる事は全くない。機械的に暗記したのではなく、ごく自然に知っていると言った口ぶりだった。
京子さんって美人なだけじゃなくて博識な娘なんだなぁ……そう思っていると、賀茂さんが僕の隣で笑っていた。ひっそりとした、というよりもうっそりとした笑い方だった。
「あら、陰陽師と狐の話で真っ先に安倍晴明の話をなさるなんて意外ねぇ。宮坂さん、あなたの事だから陰陽師が玉藻御前の正体を暴き討伐したって話の方をなさるかと思ったんだけど」
「確かに、そっちのお話も有名ですね」
賀茂さんの指摘を受け、京子さんは静かに微笑んでいた。陰陽師方面はまださほど詳しくない僕だけど、玉藻御前の事は知っていた。妖狐について調べている時にいの一番に出てきた妖怪だったからだ。
玉藻御前の正体は九尾の狐である。絶世の美女に化身して王を惑わせ国を滅ぼしたというとんでもない大妖怪だ。但し平安末期に玉藻御前として帝を惑わせている最中に正体が露見し、討伐されて殺生石になったのだそうだ。というか今年の春に殺生石が割れたという事で、九尾の狐もクローズアップされていたし。
「ただ、私は一介の野狐、野良妖狐に過ぎません。葛の葉様の話もそうですが、玉藻御前のお話を私ごときが口にするなんて、恐れ多い事ですわ」
「またまたぁ、宮坂さんったらぁ」
少し頬を火照らせて告げる京子さんに、賀茂さんはニヤニヤ笑いを見せながら応じている。一尾の妖狐である京子さんは、自分の地位を恥じて玉藻御前の話をするのを渋っていると言っていた。しかしそれはちょっとした嘘ではないかと僕は思っていたのだ。
何せ玉藻御前は妖婦だの毒婦だのと言われた女狐の代名詞である。女狐要素絶無の、むしろ真面目で清純な京子さんは、むしろ玉藻御前を嫌っているのではないか。だから口にするのを嫌がっているのではないか。僕はそのように考えていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます