第3話 狐娘と色々と可愛い仲間たち

 まぁどう考えても京子さんと玉藻御前は結び付かないよなぁ。そんな事を思っていると、賀茂さんがちらとこちらを向いたんだ。


「そんなわけでハラダ君。宮坂さんとは知り合いだったの。ほら、私もオカルトライターの端くれでしょ。だからお狐様とかの知り合いも自然とできるの」


 オカルトライターだから妖怪・妖狐の知り合いが出来る。普通に言われれば荒唐無稽に思えるその言葉を、僕はすんなりと受け止めていた。やっぱり賀茂さんが陰陽師の子孫であるという所も強いだろう。

 ねぇハラダ君。賀茂さんは一人で納得する僕に呼びかける。


「思ったんだけど、ハラダ君も宮坂さんの事は知ってたのね」

「あ、うん。まぁね……」


 真正面からの賀茂さんの問いかけに、僕はちょっとうろたえてしまった。別にうろたえる理由はない事は頭で解っていた。確かに僕は京子さんと六花さんを家に泊めた事がある。だけどそれは二人が困っていたからに過ぎない。途中から酒盛りが始まったけれど(ちなみに呑んでいたのは僕と六花さんで、京子さんはお酒には手を出さなかった)、特に変な事はやってないし起きていない。強いて言うなら京子さんの尻尾をモフった位だ。

 ついでに言えば二人に出会った時の僕は――今思い返しても無念さが沸き上がって来るが――恋人のいない状態だった。だからまぁ浮気でも何でもない。

 だから別に堂々と振舞っていても構わないのだ。そう思っていても、僕はやはりオロオロしていたのだろう。賀茂さんの眼光が若干鋭いから余計にそうなってしまったのかもしれない。とはいえ、彼氏が他の美少女に興味を持っているとあれば気になるのはしょうがないだろう。ましてや相手は普通の女の子ではなく、妖狐の少女なのだから。


「賀茂さん。確かに私とハラダさんは互いに面識があります。初対面ではありませんからね」


 助け舟を出すかのように京子さんが口を開いた。ナイスタイミング、ありがとう! 僕は心の中で彼女に感謝の念を伝えていた。

 そして京子さんの言葉を聞いた賀茂さんは、何処となく納得したような表情を見せていた。そんな中で京子さんは言葉を続ける。


「面識があると言っても、一度出会って話し込んだだけですが。それに偶然に偶然が重なったような出会いでした。正直なところ、今回もこうしてお会いできるとは思っておらず、驚いているんです」


 言い終えてから京子さんはにっこりと微笑んだ。先程までの品の良い笑みとは若干違う笑みだ。茶目っ気の溢れる子供っぽい笑顔なのだ。とはいえそれはそれで可愛らしいんだけど。


「確かにハラダ君は、前に妖怪に出会ったって言ってたわね。そっか、その妖怪って宮坂さんだったんだ。また会えるなんて……本当に凄い事かも」

「う、うん。そうだね……」


 凄い事と言いつつも、賀茂さんの言葉は少し虚ろだった。考え事をしながらしゃべっているという雰囲気なのは僕にも伝わってきている。

 本当は僕が出会った妖怪はもう一人いるんだけど。僕はそう言おうとした。

 丁度その時、僕たちの隣を白いかたまりが猛スピードで通り抜けていった。ハチやセミが立てるような羽音が鼓膜を震わせ、温い空気が頬を撫でる。

 京子さんは大丈夫だろうか。そう思って視線を向けてみたが、彼女は特に驚いた様子はない。気付けば右手をすっと手前に差し出していた。空に向けた手のひらの上には、一羽の小鳥がいた。雀よりも小さく、白い羽毛に所々茶色いまだら模様が入っていた。小鳥が何かさえずる度に、翼や羽毛や尾羽が震えている。


「あらホップ……戻ってきたと思ったらこんなものを拾ってきたのね。変な物を食べたらダメよ」

「プッ、プッ、ポポッ!」


 幼子を諭す母親・弟の面倒を見る姉のような口調でもって、京子さんは小鳥に話しかけていた。小鳥は赤い包み紙の残骸を持ってきていたらしい。その事について京子さんは小鳥に注意していたのだろう。

 あんな雀よりも小さい小鳥に、言い聞かせて通じるのだろうか? 僕はそんな事をふと思ってしまった。だけどホップと呼ばれた小鳥の目は賢そうな光を宿しているようにも見える。もしかしたら言い聞かせたら解るのかもしれない。僕はいつの間にかそう思っていた。

 そうしているうちに京子さんはホップの紹介もしてくれた。十姉妹という飼い鳥の妖怪であり、使い魔として京子さんが養っているとの事。妖怪としての力はまだまだだけど、時々こうして調べ物を手伝ってもらったりするらしい。

 ホップはいつの間にか京子さんの肩に移動していた。手乗り文鳥や手乗りインコみたいに、ホップは京子さんに懐いているみたいだ。


「宮坂さん。もしかして宮坂さんも調べ物に来たのでしょうか。私は、この神社が心霊スポットだと聞いてやって来たんですが……」


 賀茂さんが京子さんに質問を投げかける。きっとホップの調べ物、という所から心霊スポットの調査、と言った塩梅に連想したのかもしれない。


「調べ物というほど大層な物ではありませんわ、賀茂さん。まぁちょっと息抜きに遊びに来ただけに過ぎません。やはり私も普段は勤め妖ですから、休みの日くらい羽を伸ばしてもばちは当たらないかと思いまして……」


 問いに応じる京子さんの言葉を、僕たちは微妙な気分を味わった。清楚で優美な雰囲気を纏う京子さんであるが、彼女もやはり勤め妖という身分である事が不思議でならなかった。サラリーマンなどというしみったれた身分は彼女にそぐわない気もする。しかし前に会った時も、彼女は仕事をしていると言っていた。


「あ、あの宮坂さん。もしかして一人でここに来たんですか?」


 僕はややあってから京子さんに問いかけた。もう一人の美少女妖怪・雷獣の六花さんの事をふいに思い出したからだ。確か彼女は京子さんの友達で、仕事仲間だと言っていたはずだ。


「いいえ。二人で遊びに来たんです。六花は私が怖い話が苦手なのは知ってるんですが……」


 少し困ったような様子で呟いていた京子さんだったけど、唐突に言葉を切って視線を逸らした。特に物音はしなかったけれど何があったんだろう。

 僕は気になって京子さんが見ている方をちらと見た。少し遅れて賀茂さんも。

 そこには、迷彩柄を散らした上下を着こみ、やはり迷彩柄のベレー帽をかぶった少女が佇立していた。その娘が雷獣娘の六花さんである事はすぐに解った。ミリタリーファッションと思しきゆったりとした衣服からもメリハリのある身体のラインは明らかだったし、何より輝くような銀髪と翠眼を見間違える事は無いのだから。

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