第4話 雷獣娘の爆弾発言

 一匹の獣がそこにいる。六花さんを見た時に、僕は反射的にそう思ってしまった。

 それはとても失礼な事なのかもしれないし、或いはごく自然な事なのかもしれない。六花さんはそもそも妖怪で、しかも雷という種族らしい。はじめからの名を冠する妖怪なのだ。

 だけど、六花さんに獣の面影を見出したのは彼女の正体を考察していたからではない。その姿その佇まいから、獣らしさを感じたのだ。

 ミリタリーファッションという、いささか物騒な衣装を身にまとっていた事も原因ではあると思う。だけど僕は彼女の顔、彼女の瞳に秘められた獣性を感じ取ったのだ。鮮やかな翠の瞳は夕暮れの中にあってキラキラと輝いていたけれど、瞳孔の形はいびつな楕円だった。それこそ暗がりの猫の瞳に似ていた。

 京子さんと異なりしっかりと着込んでいる六花さんは、涼しい顔ながらも暑い思いをしているに違いなかった。見た限りではじっとりと汗ばんでいる様子はない。それでも彼女からは甘酸っぱいような匂いが漂っていたのだ。不快感は無いが、それでも獣の匂いらしきものを感じ取ったのもまた事実だった。

 実際問題、僕たちが見た六花さんは獣そのもの表情を浮かべてすらいた。それも獲物を求めて巡回する飢えた獣の表情を。六花さん自身は、グラマーな身体つきとは裏腹にあどけなさの残る面立ちではある。童顔故の可愛さは、猛獣のごとき表情によって損なわれてはいなかった。むしろ不思議なほど調和していたくらいだ。

 音もなく姿を現した六花さんは、ともあれ大きなネコ科の獣みたいだった。ユキヒョウとかオオヤマネコみたいな感じだろうか。


「あら六花。戻ってきたのね」


 猛獣めいた気配の六花さんに、京子さんは声をかける。特段気押された気配はない。二人は友達で、しかも姉妹のように仲が良いのだ。僕はぼんやりとその事を思い出していた。

 声をかけられた六花さんが微笑んだ。文字通り花開くようなその笑みは、外観相応のあどけなさが滲んでいる。先程までの獣じみた気配は何処かへ霧散していた。

 ちょっとしつれーい。気軽な掛け声とともに、六花さんは僕らの脇を通り抜け京子さんの許に駆け寄る。走っているというよりもむしろスキップしているかのような足取りだった。やはりちょっと動物っぽくて野生的な動きだ。但し今回はヤマネコではなくてイエネコ的野良猫的な動きだったけれど。

 京子さんの隣に戻った六花さんは、少しの間彼女に話しかけていた。曰く廃神社の周囲を下調べしていたのだとか。手土産として缶ジュースを京子さんに渡している。道中で自販機を見つけたのだとか。

 自販機とかあったっけ……そう思いながら賀茂さんと顔を見合わせていると、六花さんがこちらに視線を向けていた。


「久しぶりだねハラダ君! 女の人と一緒って事は新しい彼女が出来たんだね。いやぁ、良かった良かった」


 あどけない面に満面の笑みを浮かべ、六花さんはさらりとそんな事を言い放った。かなり直截的な物言いだった。僕は挨拶をするのも忘れて六花さんの笑顔を見ていた。彼女である賀茂さんも、六花さんの友達である京子さんすらも驚いてすぐには何も言えなかったらしい。


「もう、六花ったら……」


 困ったように眉を下げ、京子さんが呟く。前に会った時もそうだったけど、京子さんの方がちょっぴりお姉さんみたいな態度を見せる事が多かった。明るく元気な六花さんの言動に指導という名のツッコミを入れ、そして時々困り果ててしまうのだ。


「あ、はい梅園さん。おかげさまで僕も元気にやってます。はい……確かにあれから彼女も出来ましたし……賀茂さんって言うんです」

「か、賀茂朱里と言います。ええと、その……」


 僕の言葉が終わると、賀茂さんも口を開いた。だけど京子さんの時と違って、六花さんの前では少し緊張しているみたいだった。視線が左右に揺らいでいる。僕から見えるのは彼女の横顔だけど、何故か探るような眼差しを向けているように見えた。

 どうしてだろうか。もしかして、六花さんのグラマーな身体つきとそれにそぐわないような可愛らしい面立ちという物を前にして戸惑っているとか? 僕は呑気にそんな事を思っていた。


「ふふっ、初めましてになるかな、賀茂さん。確か陰陽師の末裔なんだよね。京子ちゃんから賀茂さんの事は少し聞いていたから知ってるんだ。

 私は梅園六花。そこの狐っ娘の京子ちゃんの友達をやってるんだ。今後ともどうぞよろしく。あ、ちなみに私は雷獣だよ」


 六花さんは言うや否や、尻尾をふりふり弾けるような笑みを僕たちに見せていた。賀茂さん、京子さんとは面識はあるけれど六花さんとは初対面だったのか……それでちょっと戸惑った様子だったんだな。僕は密かに納得していた。

 賀茂さんが密かに探るような表情を見せていたのも、六花さんが誰かに似ていると思ったからかもしれない。この仮説には僕なりの根拠があった。僕もまた、六花さんに似たヒトを見かけた事があるからだ。もっとも相手は男の子だったけど。もしかしたら兄弟なのかもしれない。


「それにしても、縁というか運命のいたずらって面白い物だねぇ」


 六花さんは僕たちを翠の瞳でひととおり見つめながら、しみじみと呟いた。いたずらっぽく細められたその瞳は、やはり獣らしい眼差しだった。


「実はさ、私も京子ちゃんもハラダ君とは一晩限りの縁だと思ってたんだ。ほらさ、私らって妖怪で、ハラダ君は普通の人間でしょ。だから多分あれっきりだと思ってたんだけどね。

 だから今回こうやって出会えたのも、何か不思議だなーって思ったんだ。しかも今度は陰陽師の子孫の彼女を連れてるなんてね」

「六花、ちょっと……」


 京子さんがそこまで言って、軽く咳払いを繰り返す。妖狐だけに咳払いもコンコンと言っているように聞こえていた。

 六花さんは笑っていたが、京子さんは笑っていない。耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。


「あ、そ、そうだったんだ。ハラダ君と、宮坂さん達の間にそんな事があったのね……」


 賀茂さんの言葉が風に乗って遠くへ漂っていく。残暑厳しい夕暮れ時なのに、僕の体感温度は八度ぐらい下がっていた。

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