第5話 彼女は思う所があるようです
結局の所僕たちは、心霊スポットの調査を行わずに引き返す事になってしまった。賀茂さんが用事を思い出したと言い出したからだ。
ところが、用事があると言った賀茂さんは帰らずに僕の家についてきたのだった。
「ごめん。本当は用事なんて無いの」
玄関の鍵を開けている最中に賀茂さんはそう言った。僕が首をかしげると、賀茂さんは申し訳なさそうな表情で言い添える。
「ううん。今用事が出来たわ。ハラダ君、今日泊っても良いかな?」
唐突なお泊り宣言に僕は面食らってしまった。あ、どうしようか。部屋とかあんまり片付いてないかも……しかしここで賀茂さんを追い返すのも何かぎこちないというか不自然だ。
結局僕は賀茂さんを家に上げる事にした。別に女の子が部屋に来る事なんて今回が初めてではない。元カノも何度か泊りに来ていた事があるし、何より京子さんたちを泊めた事もある。そう思うと開き直れた気がした。
「ハラダ君。前にハラダ君は妖怪に会ったって言ってたけど、あの子たちの事だったのね」
「うん……」
賀茂さんの問いはあくまでも率直な物だった。僕はとりあえず頷きはしたけれど、気まずさを感じて思わず視線をそらしてしまった。いや、こんな事をすれば余計にやましいと思われるじゃないか。
「賀茂さん。六花さんの……梅園さんの言った事は気にしないで欲しいんだ。確かにあの娘たちをこの部屋に泊めたのは事実だけど、変な事とかは一切してないから」
今の僕は賀茂さんを見ているはずだった。それなのに脳裏には、京子さんと六花さんが泊り込んだあの夜の情景がはっきりと浮かび上がってくる。彼女たちはどちらも可愛らしい美少女だったけど、僕が手を出さなかったのも事実だ。はじめは失恋のショックで半ば気が動転していたようなものだし、妖怪と判明した時も驚き通しだったのだから。
とはいえ、それでも賀茂さんが気になるのは仕方ない事だとも思う。女の人の方がそういう事には潔癖だろうし、賀茂さん自身も真面目な気質だと僕も感じているのだから。
「ハラダ君があの二人と何もなかったって事は私も信じるわ。ハラダ君が良い人だって私も知ってるし、何よりあの子たちの事も……」
途中で言葉を切ると、賀茂さんは僕を正面から見据えた。
「ね、だからハラダ君があの二人を泊めた時の事、教えて欲しいな? 別にその事で怒ったり笑ったりしないわ。ただちょっと興味があるから聞きたいだけ。あの子たちとどんなふうに出会って、どういう成り行きで泊り込む事になって、どんな感じだったのかをね。ほら、私もオカルトライターの端くれだし」
そう言って賀茂さんは静かに微笑んだ。僕も気付けばつられて笑っていた。京子さんたちを泊めた時のあれこれを告げる事こそが、彼女たちとの間にやましい事が無いという証明になる事は解っている。そこにオカルトライターとしての好奇心があるという話もさらりと混ぜ込んだ事が妙に面白くてならなかった。
「あの日は僕にとっても色々と忘れられない一日だったんだよ。何せその時付き合っていた彼女にフラれたんだからね。僕と付き合っている陰で、後輩のチャラ男君とくっついていたんだよ。まぁ……結構凹んだよ」
賀茂さんは黙って麦茶を飲んでいた。しまった。初手からヘビーな話を聞かせてしまったかもしれない。しかしこの話は必要だったし致し方ない。
「それであちこちブラブラして気を紛らわしていた時に、あの二人に出会ったんだ。向こうは向こうで遊んでいる間に終電を逃してどうしようか困っていたから、なし崩し的に二人を泊めたんだ」
「……その時には二人が妖怪とは知らなかったのよね?」
二人を泊めた、というくだりを聞いてから賀茂さんが静かに問いかける。僕は割合力強く頷いた。
「そうだよ。彼女らが実は妖怪だって知ったのは後になってからの事なんだ。六花さんが……いや雷獣の梅園さんがうっかり尻尾を出しちゃったからね。それでまぁ二人は正体をカミングアウトしたんだ。せざるを得ない状況になっちゃったって感じかな」
言いながら、僕は二人が尻尾を出した時の事を思い出した。正体を明かした時の、京子さんの申し訳なさそうな表情が脳裏にちらつく。直接尻尾を出して正体を明かしてしまった六花さんは随分とあっけらかんとしていたけれど。
賀茂さんは少し考える素振りを見せてからもう一度口を開いた。
「まぁ、人間に変化している妖怪は普通は正体を隠して人間として振舞うものね。ハラダ君は元々妖怪の世界に詳しい人でもなかったし、その辺りは特に不自然な事じゃないと思うわ」
「そうなんだ……確かに僕もかなりびっくりしたよ。それに宮坂さんも大体の人間は妖怪を怖がるものだって言ってたしね。正直な所喰い殺されないかとかって思っちゃったもん。でもあの二人はそんな事も無かったし良い娘だったから大丈夫だって思い直せたんだけどね」
「あの二人が良い子って言うのは私も解るわ」
京子さんたちが良い娘である事を賀茂さんも認めてはいた。だけどその口調やその笑顔は何故かぎこちない。やはり可愛らしい少女を相手に焼きもちを妬いているのだろうか。
賀茂さん。気付けば僕は彼女に呼びかけていた。
「やっぱり、僕があの娘たちを気にしていているのが気になるよね? 二人は見ての通り……」
美少女だし。その言葉をぐっと飲みこんで僕は言葉を濁した。賀茂さんは当惑したような笑みを浮かべ、ややあってから口を開いた。
「そりゃあ気になるわ。ハラダ君が妖怪に会ったって言う話は知ってたけれど、実際に会った妖怪たちがまさかあの子たちだったなんて……」
賀茂さんもまた含みがあるように言葉を切ると、しばらくの間視線をさまよわせていた。
あの二人の事は忘れた方が良いわ。僕に視線を戻した時、賀茂さんはきっぱりとした口調で言った。
「私があの子たちに嫉妬しているって思ってくれても良いわ。でも私には解るのよ。ハラダ君が……人間の男の人があの二人とより深い関係を結ぶ事は難しいってね」
それはやはり彼女らが妖怪であるからだと賀茂さんは断言した。僕に見せたあの姿は全くの仮の姿かもしれないと言い添えた上で。
「確か宮坂さんが妖狐の半妖で梅園さんが雷獣だったわよね。どちらにしても人間とは全く違う生き物なのよ。妖狐はそもそもからして人間を惑わして化かすのが本業みたいなものだし、雷獣は気性が激しいばかりの獣妖怪だからね。ものの考え方とかからして人間とは違うの。
それにもちろん、あの子たちは人間よりも圧倒的に強いわ。他の妖怪と較べればまだ弱い方かもしれないけれど……」
だからね。賀茂さんはここで妙な笑みを浮かべていた。はっきりとした、しかし何処かいびつな笑みだった。
「はじめからハラダ君があの二人に妙な事はしていないって解ってたの。変に手を出して怒りを買えば、それこそただ事では済まないわけだから」
ただ事では済まないとはどういう事だろうか。具体的な事はぼかされていたが、物騒な話なのだろうと思わしめる何かが賀茂さんの言葉にはあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます