第42話 妖怪たちが帰ってから彼女からお泊りの計画を持ち掛けられた件

「島崎君に雷園寺君。もう一度だけ、女の子の姿を僕に見せてくれませんか」


 少し落ち着いた空気になったのを感じながら、僕は島崎君と雷園寺君にこんなお願いをした。別に宮坂京子や梅園六花に未練がある訳じゃない。僕の傍には賀茂さんがいるんだ。

 だからその……これは僕の中でけじめをつけるための事なのだ。

 どうしてですか。そう言わんばかりの眼差しを向ける島崎君たちに、僕は笑顔を見せた。


「確かに島崎君たちは、僕が知ってる女の子の姿で来てくれましたよね。それで本来の姿に戻って、自分たちが女の子ではない事を僕に伝えようとしました……なので、それをもう一度確認しておきたいんです。実はさっきは僕も、ちょっと気が動転していましたからね」

「……成程、そういう事でしたか」

「確かに。ハラダ君は俺らの側の人間じゃあないもんねぇ。そりゃあビビるのもやむ無しってやつか」


 僕の言葉に島崎君たちは納得したようだった。隣の賀茂さんは、平然とした様子で僕らのやり取りを眺めているだけだった。


 次の瞬間には、向き合っている二人は僕が見知った美少女妖怪の姿に変貌していた。島崎君は宮坂京子の姿に、雷園寺君は梅園六花の姿になっていたのだ。やっぱり手慣れているわねぇ。賀茂さんは僕の傍らで、さも感嘆したように呟いている。

 宮坂京子は……いや島崎君は僕と目が合うとその顔に深い笑みを浮かべた。顔立ちは清楚なお嬢様のそれなんだけど、笑い方がいつもと違う。獣のように荒々しくて、そして何処となく禍々しい感じがした。あと彼女の服装に違和感を覚えた。服装は島崎源吾郎の姿だった時の物だと、少ししてから気付いたのだった。

 これでもう解っただろう。口を開いたのは宮坂京子だった。声は女の子の声なのだけど、口調は今までとはまるで違う。


「今みたいに女の子の姿になる事もあるけれど、それもこれも儚い幻だって事がさ。見ての通り、俺は……俺らは思うがままに姿を変える事が出来るんだ」


 宮坂京子の姿のまま、目の前の妖狐は僕に語り掛けていた。麗しい少女の声音と姿ながらも、紡がれる言葉や口調はまるっきり男のそれと変わらない。それこそ、男であるという事を知らしめるために。


「そうだとも。俺たちは獣であり、異形の存在であり、それでれっきとした男なんだよ。ハラダさん。一瞬でも良いから俺たちに魅力を覚えたのならば、俺たちの本性という物に目を逸らさないでいただきたいなぁ……」


 笑みを深めた宮坂京子の姿が、ゆっくりと変貌していく。耳の先が鋭く尖り、ほっそりとした肢体が銀白色の毛並みで覆われていく。素肌が露わになっている所も、服で隠されている所も平等に。と言うよりも、毛が伸びていく間に服が徐々に見えなくなっていった感じでもあった。

 背後で揺れていた一尾が四尾に変わった時、宮坂京子だった物の変貌が終わった事に僕は気付いた。宮坂京子の……島崎君の言うとおりだった。彼(そう呼ぶのが正しいはずだ)は確かに異形の獣だった。何せ巨大な狐の姿になっていたのだから。妖狐の血を引いた半妖であるという話は聞いていた。だけど、秋田犬よりもなお大きい狐の姿にまでなってしまうとは。


「あーあ。先輩ってば結局その姿になるんですか。別に獣にまでならなくて良いって、打ち合わせの時にはそういう話だったんじゃないですか」


 梅園六花、いや雷園寺君が呆れたように言葉を紡ぐ。その彼もやはり獣の本性を露わにしていた。狼ほどもある、輝く銀色の長毛に覆われた獣だった。但しこちらは何となく猫っぽい。ノルウェージャンナントカとかに似ていた。


「演劇とてシナリオ通りに進むとは限らないんだよ雷園寺君。ましてや今回は、結構不確定要素も多いんだからさ」


 島崎君は狐の鼻面を雷園寺君に向けていた。僕に話しかけていた時と異なり、口調は幾分穏やかだ。変化する前の、僕に自分の事を説明していた口調と同じだ。多分こっちの口調の方が素なのかもしれない。

 どちらの獣も大きくて確かに迫力があった。でも何というかフワフワしていて可愛いかも。そう思う一方で、僕は賀茂さんの様子をそっと窺った。彼女は目を瞠り、大狐の島崎君と大猫の雷園寺君を交互に見つめている。


「賀茂さん大丈夫?」

「大丈夫よ。私も、島崎君たちの獣姿を見るのは初めてなの。島崎君は元々からして人型だし、雷園寺君は変化が苦手だからずっと人型で通しているって話だし」


 賀茂さんは何と二人の姿に恐れをなしている訳ではなかったようだ。瞠目したその瞳は、好奇心で輝いていたのだから。やっぱり賀茂さんって凄かった。


 ものの数分ばかり獣の姿をさらしていた二人は、ややあってから人間の姿に変化し直した。青年の、男の子の姿にだ。骨格も何もかも違うはずの獣から人間の姿に瞬時に変わるのを目の当たりにしても、僕はそんなに驚かなかった。彼らはそんなものなのだ。そんな思いが頭の中に既に出来上がっていたのだから。


「それじゃあ、僕たちはそろそろお暇しますね」

 

 島崎君はそう言って、ほんのりとその顔に笑みを浮かべた。やはり落ち着いた口調だった。尻尾を隠したその姿は、やはり島崎幸四郎氏に生き写しだ。


「ま、そんな訳で二人とも仲良くやってくださいよ。俺らも、二人の事は応援してますから」


 尻尾を振り振りそう言うのは雷園寺君である。人型を取ってはいるものの、感情の動きが尻尾に出るのは獣の特徴であるらしい。

 色々とありがとう。玄関に向かう二人を見送りながら、僕はそっと問いかけた。


「島崎君に雷園寺君。僕はまた……君らに会えるかな?」


 ちょっとだけ訪れた間を押しつぶすように、僕は言葉を重ねた。


「あ、ううん。君らが妖怪で男子だって事は十分に解ったよ。でもその……友達として仲良くなりたいなって思っただけでね。それに、賀茂さんとも仲良くしてくださっているみたいだし」


 僕の言葉は妙にたどたどしかったが、二人には伝わったようだった。二人は一瞬目配せし、それから頷いた。


「友達って言ってくれて嬉しいです。ちょっと気恥ずかしい気もするんですけどね。でもそうですね……多分また、僕らと会う機会はすぐにやってくるかもしれません」

「そうそう。何かあったら相談してくれよ。男として色々と教えてやるからさぁ」

「雷園寺君さぁ……その言い方はどうにかならんの?」


 二人はやはり漫才師よろしくボケとツッコミの応酬を行いつつも……僕の部屋を後にしたのだった。

 玄関の鍵を閉めると、後には僕と賀茂さんが残っただけだった。

 賀茂さんは僕と目が合うとふうーっと深く息を吐き出していた。伏し目がちで、だからまつ毛が揺れるのが僕には見えた。


「ハラダ君。これで私も安心できるわ」


 賀茂さんはそう言うと、急に僕の方に駆け寄ってきたのだ。ぶつかるな、と思った所で賀茂さんは動きを止めていた。僕に身体を寄せた状態で。反射的に僕は賀茂さんの身体を抱きすくめる形になっていた。


「か、賀茂さん……?」


 僕の声は若干上ずっていた。柔らかくて暖かな賀茂さんの身体の感触が伝わって来る。そりゃあまぁ僕だって女の子と付き合った事はあるから、こうした事、これ以上の事は経験済みではある。だけど、賀茂さんがこうして積極的だったのは初めてだった。


「ねぇトシユキくん。私ね、今度このお部屋に泊まりたいんだけど構わないかな?

 明日は仕事だし私も都合がつかないからあれだけど……今週末とか泊まりたいなぁって思ったんだけど……ダメかな?」

「そんな事は無いよ、朱里ちゃん」


 僕の言葉に賀茂さんは幸せそうな笑みを浮かべていた。僕は今一度朱里の背中に手を回し、彼女をしっかりと抱きしめていた。ハプニングやアクシデントではなくて、僕の意志で。

 二人と一緒の週末は何が起きるんだろう。そんな事を思いながら。

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かつて僕が泊めた美少女妖怪を見て以来、彼女の挙動が怪しい件について 斑猫 @hanmyou

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