最終章:そして僕は真相を知る
第41話 妖怪娘(♂)の種明かし
美少女妖怪だった二人の妖怪たち――何処からどう見ても、その姿は男性のそれにしか見えなかった――は、改めて自己紹介をしてくれた。
彼らの本名(二人が本当の事を言っていたら、だけど)はそれぞれ島崎源吾郎と雷園寺雪羽と言うそうだ。妖狐の方が島崎君で、雷獣の方が雷園寺君である。彼らのフルネームを聞くのは初めてだったけれど、何故かその名前が彼らにしっくりとマッチしているような気がしてならなかった。もしかしたら、職場の停電工事の折に、作業員として遭遇していたのを見たからなのかもしれない。
「島崎君と雷園寺君、で良いんだよね……」
「そうです」
僕の呟きにまず応じたのは島崎君だった。のっぺりとした、今風に言えば塩顔のその顔には宮坂京子の面影を見出す事はもはや出来なかった。緊張した様子で、やや上目遣い気味に僕の様子を窺っている。マッシュに仕上げている髪はしっかりと黒いのに、その瞳は黒目と言うには明るい色味だった。暗い褐色か琥珀色をしていて、しかも瞳孔は縦に細長い。ごく当たり前に伸びて蠢いている四本の尻尾と相まって、島崎君が獣に近い存在である事を示していた。
見覚えのある顔だと思われましたよね? 島崎君は狐らしい笑みを浮かべながら僕に告げた。
「この姿こそが僕の本来の姿なのですが……顔や容貌は父親に似てしまったんです。それ以外の部分は、能力や精神は先祖たる玉藻御前のそれを親族たちの中でもいっとう色濃く受け継いだんですがね。遺伝子と言うのは不思議な物ですよ」
妖怪学者である島崎幸四郎氏は父親に当たり、島崎主任こと島崎双葉は姉に当たる。そのように島崎君は付け加えたのだ。もちろん賀茂さんとは島崎主任を経由して、互いに旧知の間柄であるという事も。
つまるところ、島崎君は本当に玉藻御前の子孫であり、尚且つ人間を親に持つ半妖だったのだ。那須野ミクの演技に真実味があったのも当然の話だ。殺生石の化身ではないにしろ、九尾の血を引いているのだから。しかも親族の影響でそっち方面の知識にかなり造詣が深そうだし。
「ハラダさん。自販機での件は本当に助かりましたよ」
島崎君を軽く押しのけつつそう言ったのは雷獣の雷園寺君だった。若干ラフな出で立ちではあるものの、光の加減で淡い金色や水色に光る銀髪や、明るく鮮やかな翠の瞳に注目してしまう。整った面立ちである事も相まって、何処か浮世離れした雰囲気さえ感じ取っていた。島崎君とは異なり、梅園六花としての面影を多分に残しているから尚更そう思うのかもしれない。
めちゃくちゃ困るって訳じゃあないですけれど、やっぱり地味に困りますからね。雷園寺君の笑顔はやたらと人懐っこく、近寄りがたい雰囲気を良い感じに払拭してくれてもいた。
少年のような見た目ではあるが、雷園寺君は実はかれこれ四十年以上生きており、僕たちよりも実年齢的には年長であるらしい。旧いお金を持っていたのは、まぁその辺りに起因するのだそうだ。
「雷園寺君。目の色ってやっぱり……」
この前の事でしょ? 懐っこい表情を崩さぬままに、雷園寺君はポケットから眼鏡を取り出し、何気ない様子で掛けていた。
次の瞬間、文字通り狐につままれたような気分になって僕は短く声を上げてしまった。眼鏡の奥にある瞳の色が、翠から灰褐色に変化したからだ。
「何と言いますか、これも一種の変化術ですね。と言っても、僕自身の術ではなくて眼鏡の方に仕込んであるんですけれど。まぁ工場勤務だったら金髪とか銀髪でもそんなに目立ちませんけれど、目の色は流石に目立つみたいですからね……かといってコンタクトを入れるのは怖いですし」
「まぁ言うて伊達眼鏡ってやつだな。ううむ、眼鏡をかけても様になるなんて、流石美形やな」
島崎君が何故か悔しそうな表情で告げ、それを雷園寺君は笑いながら受け流していた。何がどうという訳ではないが、二人のやり取りは宮坂京子と梅園六花だった時のやり取りと、何となく似ている気がした。
※
「……とまぁ、そんな訳で色々と惑わせてしまって申し訳ないです」
「うん。何かと気を持たせたりしてハラダ君には悪い事をしちゃったよ、俺たちさ」
ひとしきり正体を語った二人は、改めて謝罪の言葉を口にして僕に頭を下げた。確かに美少女妖怪の正体が二人そろって男の子だと知ってびっくりしてはいる。でも騙されたと憤慨する気持ちとか、そういう物は特に浮かんでは来なかった。相手が強い妖怪であると知ったからなのかもしれないし、未だに夢うつつの出来事のように思えてならなかった。
どうしようかと視線を彷徨わせていると、今度は賀茂さんと目が合った。
私こそごめんね。どうした訳か、賀茂さんの口からも謝罪の言葉が飛び出してきたのだ。
「京子ちゃんたちの正体は私も最初から知っていたの。あ、でも……六花ちゃんの方は雷園寺君なのかどうかってすぐには解らなかったけれど。
ともあれ、ハラダ君に本当の事を伏せていたのは事実なの。ハラダ君は真面目だから、本当の事を知ったら大分ショックを受けるんじゃないかなって思って……」
「ショックと言うか、未だに狐につままれたみたいな気分かな。でも僕は大丈夫」
安心した様子の賀茂さんの顔を見ながら、僕は言葉を続けた。
「むしろ、僕の方こそ何かごめんね。賀茂さんがいるのに他の女の子……? の事ばっかり気にしちゃっててさ。そりゃあまぁ賀茂さんだって不安だよね」
「……だからこそ賀茂さんは、俺たちを呼んでハラダさんの前に連れてきたんだぜ」
僕の言葉にまず反応したのは、賀茂さんではなく雷園寺君だった。この中で一番若く、と言うか幼げな風貌ながらも、その眼には真剣な光が灯っていた。
「何せハラダさんはさ、手の届かない相手に恋焦がれているような状態なんだよ。賀茂さんとて気が気ではないだろうし……ハラダさん自身も相当辛かったはずだ。
逢えるかどうかわからない、決して逢えない相手の事を思う辛さは、俺にも解るから」
雷園寺君の口調と表情は何処か寂しげで哀しそうでもあった。どうして彼が今ここで、そんな表情をするんだろうか。僕は不思議に思ったけれど、誰も何も言わなかった。
ややあってから、雷園寺君は賀茂さんに視線を向ける。
「彼女の事は……賀茂さんの事は大切にするんだぞ。ハラダさんの事を本気で好きになってくれているんだからな。傍にいるのが当たり前なんて思っているうちに、いなくなっちゃってるかもしれないんだからさ」
「雷園寺君……」
「いやはや、思っていた以上にガチトーンの話じゃないか」
雷園寺君の放った言葉に、先程まで無反応だった賀茂さんと島崎君がそれぞれ感想を漏らした。賀茂さんはちょっと恥ずかしがっていたし、島崎君も雷園寺君の言葉に思う所があったみたいだ。
だけど、雷園寺君は真面目な表情を崩さずに、島崎君を見やっている。
「別に良いでしょ先輩。先輩だって、最近俺の事お調子者だって思ってるでしょうし。たまには真面目な事を言わないとって思ったんですよ」
「うん、うん……雷園寺君がその辺りは真面目に考えてるって、その事は知ってるからね。あの言葉の重みは、君だからこその物だよ。俺……僕が同じことを言っても重みは伴わないはずだから」
ハラダ君。耳元で小さくささやく声が聞こえた気がする。その声が本当に聞こえたのかどうかは解らない。だけど賀茂さんがいつの間にか隣に座り込み、ほんのちょっとだけ僕にくっついていたのだ。
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