第40話 妖怪たちと私の決意

「……それでね、やっぱりこのままだったらマズいなって思ってるの。主にハラダ君に対してですけれど」


 場の空気が少し落ち着いたところで、私は本題を切り出した。思いがけぬほどの頻度で、ハラダ君は美少女妖怪たちとの遭遇を果たしてしまっている。その度にハラダ君が色々と思いを馳せ、その度に苦い思いを噛み締めている事は私も察していた。

 それもそろそろ終わりにした方が良いに決まっている。私と、ハラダ君の精神の安寧のために。

 島崎君と雷園寺君は真面目な表情で目配せしていた。美少女妖怪をやっている二人としても、思う所はあるだろう。島崎君はふっと息を吐き、物憂げな眼差しを私に向けている。


「そこは賀茂さんの言うとおりだと僕も思います。元々は、あの一泊だけでハラダさんとの出会いは終わりだと思っていました。ですが、思いがけないほどに出会いが重なってしまいましたもんね。賀茂さんは賀茂さんで姉が職場でお世話になっていますし。

 やっぱり、ハラダさんと僕らには切っても切れない縁があったのかもしれません」

「それはまぁ……生活圏が近いからなんじゃないの?」


 島崎君の言葉にツッコミを入れたのは雷園寺君だった。島崎君の職場や生活圏と、ハラダ君のそれは確かに微妙に重なっている部分があるらしい。神戸市外ではあるものの、私も何となくその辺は掴んでいた。


「ともあれ島崎先輩。先輩は確か、あの時ハラダさんに『私たちの出会いは夢のような物』なんて気取った様子で仰ってましたもんね。で、その夢とやらを終わらせるって解釈で良いんですかね」


 その通り、と島崎君は頷いた。


「これはもう僕の思い違いでもあったんだ。夢は夢として忘れる物じゃない。いずれは目を醒まして現実に向き合う物なんです。そこを僕は見落としていました……であれば目を醒まさせるのが僕らの役目という物です」


 島崎君、本当に役者気質が染みついているんだわ。気取ったような物言いと仕草を見ながら、私はふとそう思った。そうだろ雷園寺、と言いながら雷園寺君の方を叩くその仕草は、演技でも何でもなくて素の姿だったけど。


「要するに、俺らが女の子じゃあないって事をハラダさんに知らしめれば良いんですよね。死ネタを使うのは嫌だし、さりとて遠くに行ったから出会えないなんて誤魔化すのは今までと一緒だし……俺らの本性を、正体を知ってもらうのが一番ですもんね」

「雷園寺君。正体と言っても本来の姿にまで戻らなくても良いんだぞ」


 正体、という単語に反応した島崎君は、雷園寺君に対してそう言い添えていた。優しさを見せている島崎君の顔を見ながら、私は雷園寺君の本来の姿に想いを馳せていた。

 妖怪は人間に近い姿を取る事が多いけれど、だからと言ってそれが本来の姿ではない。本来の姿も人に近い妖怪もいるらしいが、そう言った妖怪は少数派だ。それこそ妖狐は狐の姿が本来の姿だし、化け狸ならば狸が本来の姿……と言った塩梅だ。

 雷園寺君は雷獣であり、やはり本来の姿は獣の姿であるらしいのだ。髪や目の色は本来の姿と同じなのだとか、猫みたいな姿だと聞いてはいるけれど、私は雷園寺君の本来の姿を見た事は無い。尻尾を伸ばしている事は多いけれど、それ以外は殆ど人間と変わらない姿だった。

 一方の島崎君は、人間に狐の尻尾を生やした姿が本来の姿であり、割合人間に近い姿だった。半獣の姿と言うにも人の要素が強いのは、島崎君が半妖だからなのだろう。何せ妖狐の血は四分の一しか流れていないんだから。と言うか姉である島崎主任とか、まるっきり人そのものの姿だし。


「雷園寺君は変化術が苦手だからさ、本来の姿まで戻ったら人型になるのにちょっとしんどいんでしょ? それにハラダさんは人間だし、動物の姿になったら却って性別とか気にしなくなる場合もあるだろうし」

「ううむ、人間も中々けったいな生き物だよなぁ」

「鳥園寺さんと賀茂さんの御前でそんな事を言いなさんな。気を悪くなさるだろう」

「……まぁ、流石に本来の姿と言うか二人が男だって事が判れば、ハラダ君とやらも目が覚めるんじゃないかしら。ちょっとショック療法的な雰囲気もあるけれど……」


 それもやむ無しってところでしょうね。鳥園寺さんは考え込みながら私たちを眺めてそう言った。


「何せ島崎君も雷園寺君もなまなかな妖怪じゃあないんですもの。変化した姿とはいえ……ううん、変化した姿だったからこそ、魅了されたんじゃないかって私は思うのよ。賀茂ちゃんたちもご存じの通り、島崎君は玉藻御前の子孫でしょ。しかも自分でも演技力とか女子力の研鑽に励んじゃってるんだから。普通の人間ならば魅入られてもやむ無しってところよね」


 鳥園寺さんの説明は腑に落ちる物であった。島崎幸四郎氏に生き写しの見た目ではあるものの、確かに島崎君は大妖狐・玉藻御前の血を引く存在なのだ。そう言えば島崎君の末の兄は魅了の力を持つというし、弟である彼もそんな力を持っていてもおかしくは無いのかもしれない。

 ところが、島崎君は鳥園寺さんの言葉を聞くや困ったような表情を浮かべた。


「魅入られてだなんて……鳥園寺さん。それじゃあまるで、この僕に魔性が具わっているみたいな言い方じゃあないですか」

「本当かどうかはさておき、先輩としてはそう言う力があった方が嬉しいんじゃあないんですか?」


 悪戯っぽく微笑む雷園寺君につつかれ、島崎君は困り顔のまま首を揺らすだけだった。

 今ここってとても平和なんだわ。島崎君の姿を眺めながら、私は唐突にそう思い始めていた。

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