第39話 アイドル談義とメイド喫茶の謎

 メイド喫茶の店主たるメイド長さんのご厚意で、私たちはファミレスで御馳走されることになった。ちょっと申し訳ないかもと思ったんだけど、メイド長さんは世話好きで面倒見の良い人だそうだ。となれば好意に甘えて御馳走を受けた方がむしろ良いのかもしれなかった。

 それに、ずっと緊張していた様子のハラダ君がちょっと落ち着いたのを見て、私としても安心していた。若いと言ってもずっと興奮し通しだと大変だもの。


「それに今回、九尾の子が私たちのテーブルに来て接客してくれましたよね。あの子とは知り合いなんです」


 結局のところ、打ち上げ(?)の話題でも那須野ミクは主役の座に降臨したのだった。と言っても、私もうっかり話の流れで彼女の事に言及してしまっただけなんだけど。というか、あの子の事しか印象にないと言っても過言ではないくらいだ。

 九尾の子。その単語にもちろん本村さんたちも反応した。顔を見合わせ、そして納得したように頷いていたのだ。


「成程、そうだったんだね。それで賀茂さんは始終テンションが高かったんだ……キツネの娘、いやミクちゃんがずっと話している間笑ってるか笑いを噛み殺してたもん。ゲラかなと思ってたんだけどそういう事だったんだね。そりゃやっぱり、友達がメイド喫茶でバイトしてたら面白いよね」

「厳密には仕事で知り合った子なんですけどね。職場の上司があの子と懇意にしてまして」


 島崎君とは友達になるのかしら。ちょっと違う感じもするかも。そう思いつつ私は彼と出会った経緯をみんなに伝えた。上司の知り合いと言うのは嘘ではないもの。

 それにしても凄い娘だったわ……私のミクちゃんへの反応にメイド長さんはまず納得し、その上で嘆息の声を漏らしていた。確かに那須野ミクは凄かった。色々な意味で。


「正直言って、うちみたいな場末のメイド喫茶じゃあ勿体ない逸材だと思ったわ」

「姉さんがそんな事を言うなんて……いくらミクって娘が九尾の化身とかいう設定で演じていたからってさ、いくら何でも大げさだよ。まさか、狐につままれちゃったとか」


 狐につままれた。本村さんの半ばからかうような言葉に私とハラダ君は思わず目配せをしてしまった。物のたとえに過ぎないのだろうけれど、洒落っ気の効いた、それでいて確信を突いた言葉だった。何せ那須野ミクは本当に妖狐なのだから。


「私もね、あの娘が九尾の化身がメイドをやってるって設定で売り込むって聞いた時にはネタだろうなって思ったわ。メイド喫茶で働く娘って結構サブカルとかそう言う方面に特化している娘が多いから……

 だけどあの娘はそんなんじゃなかったのよ。和樹、あんたは知らないでしょうけど、あの娘の『那須野ミク』って言う役柄とか設定はね、きちんとした伝承から引っ張られていた物だったのよ。私も詳しくなかったから後で調べたんだけどね。オーソドックスな伝承は言うまでもなく、俗説でこんな解釈もあるって言う揺らぎまで織り込んだうえでの役柄だったのよ。

 もちろん、知識だけじゃなくて演技力も生半可じゃあないわね。というかどっちも凄かったわ。あれだけの才能と実力があるんだったら、それこそトップアイドルに……いえ名女優にもなれる。そう思っちゃったの」


 ああ、この人は本当に面倒見が良くて、尚且つ洞察力の優れた方なんだな……メイド長さんの言葉に耳を傾けながら、私は何とも不思議な気分になっていた。那須野ミクの、島崎君の演技力が途方もない才能と努力の賜物である事は私も知っている。中学高校共に演劇部に所属し、その頃から既に演劇の才を見出されていたほどだという話さえも私は知っていた。

 それでも島崎君は、俳優になる気は一切無いのだ。彼はあくまでも大妖怪として成り上がる事しか興味がない。演劇部で演劇を学んでいたのも、彼にしてみれば妖狐としての能力を伸ばすためだけの手段に過ぎなかったと言い切ってはばからないような妖なのだ。ここまで才能があると言ってくれる人がいるというのに! それが私には不思議で、そして少し切なくもあった。

 もちろん、島崎君がどういう風に生きていくかについて、私が口出しをする義理なんてないんだろうけれど。


 メイド喫茶での一件があった次の週の休みに、私は今再び島崎君たちに会いに行っていた。何故メイド喫茶で島崎君がメイドとして働いていたのか聞いてみたかったし、それ以上にもっと差し迫った相談事も私の中にはあったためだ。

 今回も島崎君たちのほかに、鳥園寺さんも来てくれた。三人とも忙しいだろうに、私のために来てくれて本当に感謝しきりである。


「ああ賀茂さん。最近何かとお会いする事が多いと思っていたけれど、まさかメイド喫茶でもお会いしてしまうなんて……」

「本当よね。島崎君の迫真の演技は、私たちも楽しませてもらったわ」


 大真面目に語る島崎君に対し、鳥園寺さんは半ば吹き出しながらそんな事を言っていた。鳥園寺さんも雷園寺君も那須野ミクの正体を知っているから、そりゃあもう面白さが勝っていたに違いない。


「それにしても島崎君。島崎君はどうしてメイド喫茶で働いていたの? しかも、わざわざ女の子の姿に変化して……」


 質問をしてみたものの、私の質問もツッコミどころがあるよなと我ながら思っていた。男の娘を売りにしている所でない限りメイド喫茶のメイドさんは女の子と決まっているし、そもそも島崎君の女子変化はそんなに労力のかかる物でも無いはずだ。

 だけど、私の質問に対してツッコミが入る事は特に無かった。島崎君は何故か照れ笑いを浮かべ、頬を上気させながら口を開いた。


「あそこはね、僕の彼女が非常勤と言うかバイトで入っている所なんだ。それでちょっと人手が足りないから女の子を一人か二人工面してくれって頼まれたの。

 それで僕が、その女の子として潜り込んでメイドさんをやってたって訳。鳥園寺さんにお願いするのは荷が重いし、雷園寺のやつはメイドさんに変化なんぞしないって言い張るからね。

 ふふふ、大切な彼女に言われたんだ。彼女の願いをきちんとかなえるのは、の条件ってやつだと思わないかい?」

を見せるためにノリノリでしてメイドさんになるなんて、これもう分んねぇな」


 妙な所で私は納得しかけたのだが、雷園寺君は呆れ顔でツッコミを入れていたのだ。その理屈はおかしい、などとも言いながら。

 とはいえ、雷園寺君たちもわざわざ客としてメイド喫茶に出向き、売り上げを増やすという方面であのお店に貢献したのだそうだ。

 ちなみにあの時すれ違った三人組の中にいた、雷園寺君ではない方の男の子は、島崎君が面倒を見ている十姉妹妖怪のホップ君なのだそうだ。最近人型に変化する事を覚えたのだが、人型になる時は大体島崎君の本来の姿に似てしまうのだという。

 別にもっと良い姿に変化すれば良いのに……そう言いつつも、島崎君は何となく幸せそうな笑みを浮かべているように、私には見えた。

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