第37話 開幕! 笑ってはいけないメイド喫茶

「ご主人様方。折角ご指名いただきましたので、自己紹介を行いますね。

 もしかしたら既にお気づきのご主人様、お嬢様もいらっしゃると思いますが……実は私、先日割れた殺生石の欠片から復活した九尾の化身なんです!」


 島崎源吾郎もとい宮坂京子が扮するメイドの那須野ミクは、そんな自己紹介を私たちに披露したのだ。那須野ミクが九尾の狐に由来するであろう事は、私は既に看破していた。何せ苗字の那須野は殺生石にゆかりのある土地ではないか。

 それに何より、島崎君が先祖の血を、九尾たる玉藻御前の血をどれほど大切にしているか、私も良く知っていたのだ。


「これはまた物凄いせ……いや、そうだったんだ」


 メイド喫茶に通い、飛び込みバイトである(敢えてそう呼ぶ事にする。男である事を知っているのは私だけだから。ところで着替えはどうしているのかしら?)の事を多少は知っていたはずの本村さんですら、ミクちゃんの自己紹介に度肝を抜かれたらしかった。ハラダ君に至っては、無言で小刻みに震えている始末である。

 ハラダ君が、本村さん以上の驚きを持ってミクちゃんを……京子ちゃんを見ているであろう事は私には解っていた。ハラダ君は彼女が妖狐である事を知っているから。しかも彼は、目の前にいる妖狐を「玉藻御前みたいな女狐とは、清楚で純朴な狐娘」と信じて疑わない訳だし。


「うふふ、何となくそんな感じはしていたわ」

「あら、そちらのお嬢様は私たち妖怪の事にお詳しいようで」

「まぁ、嗜む程度ですけどね」


 何なのこれ。確かにめちゃくちゃ面白いけれど、メイド喫茶って爆笑するような場所だったっけ……? ていうか島崎君がメイド側で接客してるってある意味なのでは? そんな考えと笑いの衝動をどうにか寝技で押さえ込み、ミクちゃんとしとやかに会話する女性客として振舞った。これもまぁ……ハラダ君への愛のなせる業だと思いたい。

 それにしても島崎君、メイドさんとしての振る舞いも様になってるわ。那須野ミクの本来の姿を思い浮かべつつ、私は思わず嘆息してしまった。宮坂京子というごく普通の美少女のみならず、メイドさんの所作もマスターしていたとは。島崎君って実はかなり恐ろしい存在なのでは……? そんな考えが脳裏をよぎり、私はぶるっと身震いしてしまった。

 さてそのような攻防(?)を行っていた間に、本村さんもハラダ君も我に返ったようだった。


「九尾の狐の殺生石かぁ……確かに三月に割れたとかでニュースになってたよな」

「その話は僕も流石に知ってるよ。ネットニュースでも何度も取り上げてたし」


 まず本村さんが殺生石の話を口にして、それにやや遅れてからハラダ君が乗っかった。殺生石が割れた。これはもちろん私の業界でも大事件として取り上げられた。ちなみにウェブ小説では殺生石が割れた事をきっかけに九尾絡みの小説が幾つもアップされていたし。

 と言うか島崎君も、殺生石が割れた件で何か影響があったんじゃあないかしら。まさしく九尾の子孫な訳だし、職場の上司も九尾に関わりのある妖怪らしいし。

 とはいえガチな話を一般人の前で行う訳にもいかない。私はちょっと考えながら、話の流れを崩さないように発言した。


「専門家の中には単なる老朽化で割れただけって言ってる人もいるけれど……中から狐が出たとかって話の方が浪漫があるって私は思うな」


 ね、ミクちゃんだってそう思うでしょ……そう言ってミクちゃんの方を私はちらと見やる。島崎君は、いやミクちゃんは興奮に顔を火照らせつつ口を開いた。


「お嬢様っ。浪漫も何も、私はこうして九尾の化身として現世に顕現しているんですから。今はまだ力も足りないし人間社会の事も知らない事ばっかりなんで、頑張ってこのお屋敷で修行してるんです」


 口早に放たれたミクちゃんの言葉は、しかし迷いない口調で紡がれた物でもあった。那須野ミクと言う九尾の化身であるという設定を、宮坂京子は本気で演じ切るつもりなのだ。その気持ちは私に伝わった。彼女の演技力が素晴らしい事を知っていたし……九尾の化身と言う那須野ミクの設定は、全くのからそう思ったのかもしれない。何せ島崎君は九尾の子孫なのだ。化身や分身とは違うものの……九尾の血と遺伝子を受け継いでいる事には変わりはない。


「ですから、ご主人様たちとこうしてお話してご奉仕する事で、ミクは力を蓄える事が出来るんですよ! 大丈夫です、今度はうっかり退治されないように気を付けてまーす!」


 私の思惑はさておき、ミクちゃんはさも楽しそうに口上を述べ、茶目っ気たっぷりに首をかしげてみせた。よくよく考えたら九尾の子孫がメイドさんとしてご奉仕してくれるって物凄い事よね、などと改めて思ってしまった。


「そうだったんだ。きょ、いやミクちゃん。僕さ、ミクちゃんの力になりたいな。それにミクちゃんって本当は良い娘だって知ってるから……退治なんてされないよ」

「それにしても凄いねミクちゃん。でもさ、長寿のお狐様だったらのじゃロリ口調の娘が多いけど、その普通の口調も却って新鮮な感じで良いかもね」

「うふふ、ご主人様は古風な口調の方がお好きなんですね。ですがミクは長らく封印されていたので、昔の話し方を忘れてしまったんです。それでもう一度テレビとかすまほ……でしたっけ? そう言うので話し方を勉強したんですよー」


 島崎君、割とうまい躱し方をしたわねぇ。長寿狐娘なのにのじゃロリ口調ではない事についての解説について、私は密かに感心してもいた。

 余談であるが島崎君たちによると、普段使いの口調が古風な妖怪はほとんどいないそうだ。むしろ五百年・千年と長い年月を生きている妖怪ほど、時代に応じた出で立ちと口調を操るのが得意だとさえ言っていた。むしろ古風な物言いをするのは、百歳前後の若者であるとも。

 なのでもしかしたら、妖狐である島崎君にしてみれば、のじゃロリ口調を操る長命な狐娘と言うキャラクターは、違和感のあるものかもしれない。本村さんと談笑するミクちゃんを見ながら、私はぼんやりとそんな事を思っていた。

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