第36話 ご注文はきつねでしょうか?
島崎君たちとこっそり会って話し合った私だけど、その後もハラダ君との交際は穏やかに進んでいった。
ハラダ君も私もお互い忙しいので、頻繁に会っている訳ではない。とはいえ私も仕事や私生活が充実していたし、ハラダ君と会えなくてもそんなに寂しくはなかった。
……もしかしたら、女の子が彼氏に会わずとも寂しがらないというのは問題があるのかもしれないけれど。
ちなみにハラダ君はやっぱり美少女妖怪の二人(本当はどっちも男なんだけど、ハラダ君はもちろん知る由は無い)の事が気になっているみたいだった。私の前では隠そうとするけれど。この前も、工場の停電のメンテにやってきた雷園寺と言う作業員が、雷獣娘の六花ちゃんにそっくりで驚いたと私に報告していたし。
言うて雷園寺君は雷獣だし、機械とか電子回路系統に強いんだろうな。私はそんな事を思いつつ、「雷園寺君と六花ちゃんは兄妹でもないし従兄妹でもないから大丈夫よ」と言っておいた。純朴なハラダ君は、私の言葉を信じて安心したみたいだった。もちろん私も、ハラダ君が納得したから良かったと素直に思っている。嘘は言ってないし。六花ちゃんは雷園寺君の変化した姿であり、
※
「ねぇ賀茂さん……今度メイド喫茶に行く事になったんだけど、賀茂さんはどうかな?」
ある晩のハラダ君の電話に、私は思わず首を傾げた。聞き方が不自然だったからだ。普通に行こうと思うだけならば、「行きたいんだけど、どうする?」と言うはずだ。ハラダ君はまるで、行く事が決まっている、行かないといけないと言ったニュアンスを持ちながら私に問いかけていたのだ。
「別に私は大丈夫よ。メイド喫茶に行くのは初めてだし、何か楽しそうだもの」
スマホの向こう側で、ハラダ君がホッとしたように息を漏らすのが聞こえた。ああ、ハラダ君ってば本当に真面目な人なんだから。そんな所が好き……私は半ば喜びさえ感じながらそう思っていた。
スナックとかキャバレーと違い、メイド喫茶は健全な場所だと私は思っている。それでも女の子がいる所に向かうからと、ハラダ君が気を遣っている事は手に取るように伝わってきた。
単純に、京子ちゃんと六花ちゃんの美少女妖怪二人(中身は漢と
「それにしてもどうしたの。何というか、行かなきゃいけないって言う気配がびんびんに伝わって来たんだけど」
「うん……モトッチが、大学時代の友達の従姉がメイド喫茶のオーナーをやっているらしいんだ。それで今回、その友達に是非とも来てほしいってお願いされたんだ。場所が場所だけに、運営や売り上げの確保も苦しいみたいでね」
「それで私にも声をかけたのね」
そうとも! 私の言葉にハラダ君は弾んだ声で応じた。
「いくら賀茂さんでもさ、僕が勝手にメイド喫茶に行ったって後で解ったら気を悪くするでしょ。僕ってばただでさえあれなのに、メイド喫茶は女の子がいるわけだし。それに、店側としても一人よりも二人の方が何かと有難いだろうからさ」
「そういう事なら大丈夫よ」
そんな訳で、私たちは今度一緒にメイド喫茶に向かう事になった。ハラダ君の友達で、メイド喫茶のオーナーの従弟である本村さんともその時合流するらしい。
私も誰か友達とか、知り合いを誘った方が良かったかしら。一瞬そんな事を思ったけれど、その考えもすぐに何処かに流れ去っていった。場所はメイド喫茶でちょっと特殊だけど、これもこれでデートの一環なんだから、と。
※
当日。参之宮で私たちは合流する事になった。本村さんはハラダ君と一緒にいる私を見て、少し驚いていた。私は自己紹介をして、ハラダ君の彼女であるという事を伝えた。本村さんは私の話を静かに聞き、それから面白そうに笑っていた。
「そっかぁ。彼女もいっしょに連れてきたんだぁ。賀茂さんも可愛いじゃないか。ふふふ、女の子に不自由しないなんて良い身分だなぁ」
「おいモトッチ。そう言う言い方は無いだろ」
本村さんの言葉にハラダ君はあからさまに照れていた。ついでに言えば可愛いって言われて私も気恥ずかしかった。何となれば、こんな軽口を叩いた本村さんも、多少は照れていたのかもしれない。
「いやはやモトッチは相変わらずだなぁ。女の子に興味があるというかなんというか……ごめんね賀茂さん? 何か巻き込んじゃって」
「大丈夫だよハラダ君。やっぱり本村君とは仲が良いんだなって思ったから」
気遣うようなハラダ君の言葉を前に、私はそう言って微笑み返した。男の子の友情って言うのも女子にとっては興味深い物なのよね。心の中で私はそう思っていた。
※
「お帰りなさいませ。ご主人様にお嬢様」
そんなこんなで私たちはメイド喫茶に出陣……もとい入店した。ご主人様にお嬢様って、なんかアニメとかライトノベルの世界に迷い込んだみたいだわ。と言うか彼女たちの仕事と言えども面と向かってそう言われると何となくムズムズしちゃう。
「ご主人様。メイド長をお呼びしましょうか」
「うん。よろしくー」
さて本村さんはと言うと、やってきたメイドの一人に尋ねられ、軽い調子で応じていた。従姉の運営する店に彼は足しげく通っているのだろう。それが私とハラダ君の見解でもあった。
メイド長扮するオーナーがやってきて、どのメイドを指名するかと私たちは尋ねられた。ああそうか、メイドさんってこっちで指名するのか。普通の喫茶店だったら手すきのウェイターとかウェイトレスがやって来るけれど……そんな事を思いつつ、私はハラダ君と顔を見合わせていた。
「どの子も多分良い子だと思うし……」
「ここはひとつ、本村さんにお任せしようかしら」
お任せする。私とハラダ君の意見を耳にした本村さんは、満面の笑みを浮かべて二度ばかり頷いたのだ。とっておきの娘がいる。そう言わんばかりの表情だった。
「そっか。それじゃあミクちゃんを呼ぼうか。えへへ、特別にバイトに来ている娘だけど、めっちゃ可愛いしノリも良いからさ……」
「ミクちゃんをご指名ですね。それでは呼んでまいります」
メイド長がすっと立ち上がり、私たちのテーブルから遠ざかっていった。
「お帰りなさいませ、ご主人様にお嬢様。新米メイドの那須野ミクです。今日はご指名有難うございました。私の事はお気軽にミクって呼んでください!」
愛想のよさと礼儀正しさを絶妙にブレンドさせて私たちの前に那須野ミクは姿を現した。振る舞いそのものはメイド喫茶のメイドさんらしい物だろう。だけど、私とハラダ君は那須野ミクそのものに強い衝撃を抱いていたのだ。もっとも、私の方は笑撃に打ち震えていたのだけど。
私たちの前でメイドとして接客を行っている那須野ミクが、宮坂京子である事は私たちの目には明らかだったからだ。もっと言えば宮坂京子は島崎源吾郎の変化の一つでもある。要するに(男である)島崎君がメイドさんに扮しているという事だ。
私はこみ上げてくる笑いを噛み殺すのに必死だった。でも多分、途中で堪えかねて爆笑しそうだと思いながら。だって那須野ミクだなんて名乗っているんだもん。元ネタが透けて見えている訳だし、これはもうツッコミ待ちなんじゃないかしら。
関西人らしく、私はそんな事すら考えていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます