第35話 悪い妖怪はここにいるのでしょうか

 一番大事な事を忘れちゃ駄目よ。鳥園寺さんは力強い口調で島崎君たちにそう言ったのだ。


「島崎君とユキ君が、ハラダ君を誑かそうとしたのかどうか。その一点こそが今回のお話で一番大切な事じゃあないかしら。私はそう思っているし……賀茂ちゃんだって一番知りたいのはそこでしょう?」


 こちらをじろりと見据える鳥園寺さんの、直截的な言葉に私はたじろいでしまった。男の人が男の人を誘惑して誑かすなんて。まるでその手の小説みたいな話ではないか。とはいえ、世間ではLGBTもある訳だし、全く絵空事でも無いのかもしれないが。


「安心してください。あの時は泊る所が無くて難儀していただけでして、ハラダさんを惑わせるような意図はありませんでした」

「そうそう。そもそも僕は先輩と違って純血の妖怪だから、人間はそもそも恋愛対象外なの。ましてやハラダさんは男の人でしょ?」


 島崎君も雷園寺君もハラダ君を惑わしたわけではないとはっきりと主張してくれた。考えれば二人とも異性愛者だし、そもそも雷園寺君は雷獣で別種の生き物だったではないか。何処か申し訳なさそうな島崎君と、あけすけで開き直った気配さえある雷園寺君の物言いの違いが何とも面白かった。


「ですが賀茂さん。悪い妖怪がハラダさんを惑わそうとした。彼に沿うお伝えになっても構いませんよ。僕らの思惑とかは別に良いんですから」

「そんな……」


 思いつめたような調子で島崎君に言われ、私は思わず眉を寄せた。まぁ確かに、女子変化をかたくなに維持し続けた必要性はあるの? と内心思ったりはしている。それでも、島崎君たちは、別段悪い事をしている訳ではないのに。そんな思いが私の中にはあった。

 そう思っていると、島崎君は笑みを作って言い足した。


「良いんですよ別に。賀茂さんもご存じの通り、僕は玉藻御前の曾孫なのです。日本三大悪妖怪の一人として名高いあのお方の血を引いているとあれば、悪事に手を染めていたとしても何もおかしくないでしょうに」

「……言いたい事は解るけれど、島崎君を悪人にするのはやっぱり気が進まないわ」


 私は島崎君に思っている事をそのままぶつけた。別に、日頃からお世話になっている島崎主任の弟だからと言って忖度している訳ではない。実際に、個人と個人の付き合いで島崎君が悪い人ではないと私は判断していた。

 野望の事を思えば、確かに手放しで善人とは癒えない所もあるかもしれない。ただそれでも、少なくとも同僚である倉持君に較べればずっと善良な感じがした。お人好しな若者なのかもしれないけれど。

 そもそも論として、ハラダ君と接触したという件で、こうして話し合いの場を設けている時点で彼の人の好さが見え隠れしているではないか。


「島崎君ってば、また持病が出て悪人ムーブをかましたくなったのかしら」

「別に悪人判定されても良い事なんて無いと思うんですがね……」


 鳥園寺さんたちがフラットな口調でツッコミを入れている。どうやらこの二人は、島崎君の言動に心を動かされたわけでは無いようだ。

 さてたしなめられた島崎君はと言うと、気恥ずかしそうな視線を向けてから、飲み物で喉を湿らせていた。


「……でも俺、昨日はがっつり人間を襲撃しましたよ。雷園寺君とニコイチで」


 人間を襲撃した。人間的には物騒なこの言葉を、鳥園寺さんは半ば呆れながらツッコミを入れた。


「あれはれっきとした仕事だから別に良いのよ! と言うか、あなた達が襲った相手なんて、そもそも犯罪者だったんだから」

「あのぅ、それって今朝ニュースで報道されていた話ですよね?」


 島崎君たちが犯罪者を襲撃した。どの案件かは察していたが、念のために問いかけてみる。島崎君と雷園寺君は互いに顔を見合わせ、それから頷いた。


「賀茂さんのおっしゃる通りです。僕たちは普段会社員として研究センターに勤めているのですが、昨日のはいわば副業ですね」


 ここで島崎君は身振り手振りを交え、彼らが行っている「副業」について細かい事を教えてくれた。そしてその中には、島崎君が宮坂京子として副業を受ける理由も含まれていたのだ。

 島崎源吾郎として副業を受ける場合、玉藻御前の子孫であり雉仙女と言う大妖怪の部下である為に、仕事の依頼する側が(主にコスト面で)委縮したり躊躇ったりする事があるそうだ。しかし、一般妖怪である(と言う設定の)宮坂京子であれば、単価は下がるものの相手も気軽に依頼を投げる事が出来る――そう言ったからくりがあるらしかった。ちなみにこれは、雷園寺君と梅園六花の関係性にも当てはまるのだとか。

 妖怪たちの世界は実力主義だとか何とかって聞いていたけれど、中々どうして複雑で、世知辛い部分もある物だと、私は妙に感心していた。


「それにしても、昨夜は二人ともあのままお戻りになられたようですね。ええ、本当に良かったです」


 島崎君はふっと息を吐くと、唐突にそんな事を告げた。


「巻き込まれたら大変な事になっていたでしょうし、そうでなくともお二人に怖い思いをさせてしまうかもしれませんし」


 やっぱり島崎君って優しいんだな。本気で心配している島崎君を見て、私はとっさにそう思ったのだった。


 ひとまず何故島崎君たちがハラダ君と遭遇し、同じ屋根の下で一夜を共にする事になったのか。その事は明らかになった。そしてその上で、今の所はとりあえず様子を見る事にして、何かあれば相談しよう。そのような形で私たちの間で意見が固まったのだった。

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