第13話 メイド喫茶へのお誘いです
それからの日々は割合穏やかに過ぎていった。季節もいつの間にか移り替わっていて、どうしようもない暑い日々というよりも、残暑が厳しい日々と言った感じになっている。温暖化のあおりなのか暑いと感じる事はあるにもある。だけど朝や夕方はむしろひんやりしていた。秋の訪れが来ていたのだ。
もちろんあの後は停電騒動もなく、ハクビシンとか雷獣の使い見たいだと言われた雷園寺さんの姿も見ていない。町谷君も大人しく、しおらしく業務に励んでいる。
賀茂さんの説では町谷君は霊感の強い若者であるらしい。だけど僕はその事を確認する事を忘れたままだった。大体僕らは普通のサラリーマンであるから、霊感だとか妖怪の正体が判るだとか、そう言ったスキルの有無を気にする必然性はない。ついでに言えば僕の元カノとの間柄もあって、町谷君も若干僕と距離を置いている訳だし。
賀茂さんとの関係もまぁゆったりとしたものだった。それこそ学生同士だったら毎日会う事も珍しくないだろ。だけど僕も賀茂さんも社会人で、どっちも仕事に熱中しがちな性質だった。だから毎日会うなんて事はまずない。週末に会って一緒に遊んだり仕事とか日常の話をする。それが僕らのスタイルだった。
と言っても、平日は全く繋がりが無かったわけでもない。平日は平日で通話アプリで連絡を取ったり、時々電話をかけたりしていたから、寂しくは無かった。むしろ賀茂さんの方が若干ドライなところがあって「そんなに連絡入れなくてもいいよ?」と言われた事があるくらいだった。
人によっては随分と控えめな付き合いだと言われるかもしれない。でも二人とも特にそれで問題は無いからそれで良いのかなと思っている。僕は二十五で賀茂さんは二十三である。学生たちと違って恋愛が一番! という血の気の多い年ごろは既に終わっている(まぁ元々僕は恋愛にガツガツしていなかったけれど)。それに結婚とか先を見据えたオトナの恋愛をするにはまだ若かった。元々からして共通の関心ごとで繋がった間柄だし。
※
微妙な時間帯にスマホの着信音が鳴り響いた。誰だろう? 僕は半ば警戒しながらスマホの画面を確認した。本村君からの着信だった。本村君というのは学生時代の友達で、就職してからも何回か一緒に遊んだ間柄だった。でも今はお互い忙しくて、遊ぶどころか連絡を入れる事も少なくなっていたのに。
どうしたんだろうか。かつての友達からの連絡と言えども、僕は期待するよりもむしろ警戒してしまっていた。疎遠な友達からの唐突な連絡は碌な事がない。大体が連帯保証人か宗教の勧誘なのだ。母親とか祖母とかがそんな事を言っていたのを思い出し、僕はちょっとブルーな気分になっていた。
とはいえ電話を無視するのも気が引けた。内容がヤバかろうと所詮は電話口で聞くだけの話だ。話を聞くだけなら大丈夫だし、男らしく突っぱねる事も出来るだろう。少し自信を取り戻した僕は、スマホをタップした。
「もしもし、久しぶりだなモトッチ」
『モトッチかぁ。ハラダも元気そうで何よりだよぉ』
電話口から聞こえるのは本村君の元気そうな声だった。ノリの良さそうな声は、まさしく学生時代と変わらない。少し息遣いが荒い気がするけれど。
ところが、懐かしさとか安心感で半ばほっとする僕の気持ちは、本村君の次の言葉で粉みじんに吹き飛ばされた。
『ハラダ君……君にどうしてもお願いしたい事があるんだ。もうな、俺にはお前しか頼れる奴がいないんだよぉ……』
「やっぱりか!」
僕は思わず叫んでいた。懐かしさを感じるために電話をかけてきたんじゃあないのかよ。畜生、僕が思い返した青春の日々を返して欲しい。とはいえノスタルジックな気分に浸っていたのはコンマ数秒に満たない僅かな時間だけだったけど。
「俺しか頼りになる奴がいないって、いったい何があったんだ。言っておくが俺は単なる安月給のサラリーマンだぞ。収入もわずかだから連帯保証人とか無理だかんな。ついでに言えば宗教も間に合ってるし」
『えぇ……そんなんちゃうし……』
電話口の本村君は明らかにうろたえているようだった。連帯保証人でもなければ宗教の勧誘でもないのだろうか。それとも図星だからうろたえているのか。はたまた選挙活動か。僕は本村君が何を言うのか待つことにした。
――一緒にメイド喫茶に行って欲しい。本村君の懇願はそのようなものだった。メイド喫茶だと……? 連帯保証人とか新興宗教の勧誘を連想していた僕は、当然本村君の申し出に面食らった。メイド喫茶なんぞ、友達を誘わずとも行きたい人は行くものじゃあないだろうか。
一人でメイド喫茶に入るのが恥ずかしい。オタク文化が市民権を得た今日でもそんな考えの人はいるだろう。しかし本村君の懇願はそういったもので片付きそうになかった。何というか、鬼気迫るものを感じたのだ。
『そこは従姉が二年前に蓄財したお金を元手にオープンした所なんだよ。だけど参之宮でやってるから競合他社も多いし、それまでなんとかかんとか騙し騙しやってたんだけど、もうどうにも店が傾いて潰れるかもしれないって言うんで……俺も従弟には頭が上がらないし、それに何か今週末は別に可愛い娘を用意できたとかって言ってたし、まぁそんな訳なんだよ。頼むよ、後生だから』
「そうか、そういう事だったんだな……」
メイド喫茶の背後にそんな重苦しい事情があったとは。というか店が傾いているんだったら僕とか本村君が遊びに行ったり可愛い娘を一人二人用意した所で何か変わるのだろうか?
「でも俺とかモトッチがちょっと遊びに行っただけで、売り上げに貢献できるのかなぁ……」
『まぁでも全く来ないよりはマシだと思うんだよ。一人よりは二人、二人よりは……ってやつだし』
一人より二人。僕はここで重大な事を思い出したのだ。恋人の賀茂さんが、僕がメイド喫茶に向かう事を許可するかどうかという事を。
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