第11話 仕事話とワンピース


 唐突なおうちデートに僕はちょっと戸惑っていた。確かに、賀茂さんは前に僕の部屋に泊った事もあるから、昼日中におうちデートになるのは別におかしな事ではない。

 それでも僕が戸惑い驚いているのは、賀茂さんの部屋がおうちデートの会場だったからだ。賀茂さんも気軽に僕を誘っただけなんだろうけれど、少しだけ緊張してしまった。


「狭いし何か色気もない所だけど、良いかな?」

「いやもう全然大丈夫だよ。ぬいぐるみもあるし」


 気恥ずかしそうに呟く賀茂さんに僕はフォローを入れた。いかにも女子の部屋! という感じではないけれど(言うて僕自身女子の部屋というのはあんまり知らないけれど)、小綺麗にまとまっていて居心地の良さそうな部屋だとは思う。

 そして僕の指摘通り、ぬいぐるみもいくつか固めておいてあるのが見えた。キツネとかネコのぬいぐるみのほかに、ゲームのキャラクターのぬいぐるみとかもある。そういう物を見ていると、賀茂さんも可愛い物が好きなんだなぁと不思議な感慨がこみあげてきていた。

 よく見たら可愛い系のぬいぐるみの中に紛れてツチノコとか大昔の宇宙人とかスカイフィッシュとか、未確認生物のぬいぐるみもいくつかあった。何と言うか実に賀茂さんらしい。


「未確認生物のぬいぐるみもあるんだね。うーん。でもよく見れば可愛いかも」

「ああいう感じのも結構人気あるんだよ? 何か可愛いだけのぬいぐるみに飽きる人もいるだろうし」


 賀茂さんはそこまで言うと、いたずらっぽく微笑んだ。


「それに、私はアトラのライターでしょ。だからああいうぬいぐるみを貰ったり社割で買う事もあるの」

「そっかぁ……確かに」


 社割。いかにも社会人らしい言葉に僕は少ししてから笑ってしまった。やっぱりお互い社会人だよなぁと思って、それが何となくおかしかったのだ。


「まぁでも……アトラだったらそう言うぬいぐるみも扱ってるよね」

「ほら、こんなカレンダーだってあるし」


 賀茂さんはさっと立ち上がると、わざわざベッドサイドに置いていた卓上カレンダーを手に取って戻ってきた。サイズは会社で使っている卓上カレンダーとほとんど変わらない。しかし内容が怪しい。大きく数字が右端に描かれているのだけど、その反対側には写真と文字の解説が印字されてある。滅亡、という超絶物騒なワードが躍っているのは僕の気のせいだろうか。

 アトラ公認の滅亡カレンダーだよ! 賀茂さんの声は無邪気な物だった。これマジで滅亡カレンダーだったのか……呆然とする僕をよそに、賀茂さんは嬉々としてカレンダーの説明をしてくれた。日めくり形式で年数を書いていないがために何年でも使えるそうなのだ。そこで僕は、数年前にこのカレンダーが販売された事がテレビで紹介されていたのを思い出した。

 賀茂さんはしばらく説明していたけれど、我に返ったという表情を見せて僕の顔を覗き込む。申し訳なさそうな表情がその顔にさっと浮かんだ。


「あ、ごめん。つい自分の趣味の話に熱中しちゃって……困っちゃうわよね、マニアックな話を急に始めたら」

「ううん。大丈夫だよ」


 僕はとっさにそう言った。そうしてこの時、上目遣い気味に僕を見る賀茂さんが可愛いと実感した。賀茂さんはずっと僕に対してきびきびしたような、しっかり者のような態度を見せ続けていた。しおらしい彼女を見るのは初めての事で、新鮮な気分でもあった。可愛い賀茂さんの姿を見て、僕は彼女に愛情を持っているのだとふいに気付いた。


「オカルトライターなんて華やかというか女子力とかとは違う世界の業界だから、やっぱりそう言う話になると男子も女子も引いちゃうのよね。アトラのデスクではそう言うネタで先輩たちと話すのは楽しいけれど、外じゃあそうでもないの。

 でもすぐにその事を忘れちゃうから……私……」

「良いじゃん。僕、仕事が好きな女の子は好きだよ。自分の世界を持ってるし、恋愛ばっかりに依存してないしさ」

「本当! ありがとうハラダ君」


 ぱっと顔を上げて微笑む賀茂さんを見ながら、僕は元カノの事を思い出してしまっていた。いかにも女の子らしい娘ではあったけど、元カノはありていに言えば寂しがり屋だった。僕もまだ若かったから、無邪気に僕を慕うその姿が嬉しかった。だけど仕事が忙しくて……それで町谷君に横取りされてしまったのだ。

 仕事が好きで尚且つ趣味にものめり込んでいる賀茂さんなら、その辺りは大丈夫そうな気がしていた。クールというか付かず離れずな所があって、そう言った関係がちょっと新鮮だった。もう少し交際を深めれば関係性は変わるのかもしれないけれど。


 それから僕は、ここにきて賀茂さんがワンピース姿である事に気付いた。色調は淡く、フリルとボウタイが特徴的だった。


「賀茂さん、そのワンピースって……」


 僕が尋ねると、賀茂さんは気恥ずかしそうに笑みを見せた。


「気付いてくれた? 折角のデートだし、こういう衣装の方がハラダ君は好きかなって思ったの」


 賀茂さんの衣装は、あの日出くわした京子ちゃんの着ていたワンピースによく似ていた。

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