第31話 気づき始めるS級美女(凛)

「赤崎、お前体調あまりよくなさそうだけど大丈夫か?」


 週明けの月曜日。自席でずずと晴也が水音を鳴らせば心配そうに佑樹はそう尋ねてくる。

 驟雨しゅううに見舞われたあの日。凛と同じく晴也も風邪をひいてしまった様だった。

 体調は優れないものの、最悪というわけではない。一応、風邪薬は飲んできたし熱も平熱である。そもそも、熱があれば学校は休んでいた。

 ただ鼻詰まりが激しいため、鼻が鳴れば思わず顔を歪ませる晴也である。


「なんとか、大丈夫だな」

「鼻声みたいだけどホントに?」

「ホントのホントに」

「なら良いんだけどさ。まさかあれか? 金曜の雨でやられたとかいうオチか?」

「………」


 図星であったため、すっと晴也は顔を逸らす。

 変なところで感が鋭い佑樹に晴也は一人、ため息をこぼした。


「まぁ、すぐ止むと思ったはずが、あの雨なかなか止まなかったもんな」

「そうだな」

「これに懲りて、今後は折り畳み傘を常備しとくこった」

「……検討しとく」


 佑樹の言う通り、折り畳み傘が常にあれば不足の事態——つまり突然の雨に対処できていたはず。とはいえ、晴也は早急に雨宿りできる場所を確保していたため、落ち度はないといえよう。なら何故——晴也は風邪をひいてしまったのか。

 それは、雨がなかなか止まなかったために凛と同じく雨の中を駆けて帰宅したからに他ならない。そのため風邪を引いたのは完全に自業自得であった。

 佑樹は体調の優れない晴也を相手に、話し込むのは遠慮したのか『体調よくなるといいな』とだけ溢し晴也の席を後にした。


♦︎♢♦︎


 さて、同日の三限。体育の時間。

 今学期、一年生の男子体育はバドミントンで女子はバスケと決まっている。体育館で気になっていたり、はたまた好きでいたりする異性の活躍している姿をネット越しに見られるため、体育の時間は男女共に色気づき賑わいを見せるものだ。単純に体育が好みという生徒も多いのか、とにかく"体育"の授業に対して憂鬱になる生徒は限りなく少ないに違いない。


 だが、このとき——晴也の気分は"最悪"と言ってよかった。


 体調が良くないため見学することになった晴也だが、長袖ジャージがなかったのだ。そのため、半袖になることを余儀なくされ気分が萎えているのである。


「珍しく赤崎は半袖なのな」

「……まぁな」

「寒そうにしてるが気のせいか?」

「気のせい気のせい」


 この季節は暖かく過ごしやすい時期なので、半袖でも長袖でも申し分はないのだが、風邪を引いているこのタイミングでは着込みたかった晴也。佑樹に問い詰められれば、すくざま首を横に振る。


(……こんなことになるなら、ジャージ貸さなきゃよかったなぁ)


 凛にジャージを貸してしまったことで、晴也は半袖になっている。返す目処……というより再会できる目処すら立っていないため実質ジャージはあげたに等しい現状なのだ。

 寒そうにしながらも、晴也は佑樹の相手を軽くし、一人でひっそりと見学に努めた。


♦︎♢♦︎


 晴也が見学に努めていたとき、いや正確に言えば……飽きて寝たふりをし始めたときのことである。

 授業の一環としてバスケをしていた女子達は休憩時間中、ほとんどがバドミントンをしている相良和良あいらかずよしに釘付けとなっていた。

 イケメンと名高い相良和良に対して見向きもせず、興味を示さないのはこの中で三人だけ。

 沙羅、結奈、凛のこのS級美女の三人である。


「相良だっけ。凄い人気だよね」


 興味なさげに抑揚のない声音でボソリと結奈は問いかけた。


「そうですね。彼、よくモテますよね」

「うん……沙羅の目から見て相良はどうなの?」

「悪くはないと思いますけど、あの人の方が魅力的に感じるので」


 言わずとも結奈、凛は察する。あの人、というのが誰であるのかを。


「私も同意見かな。あいつの方が好ましい」


 頬をほんのりと赤らめながらも、結奈は頷く。やや沈黙の時間があれば、凛は沙羅そして結奈に『凛は?』と無言の圧力をかけられる。


「そ、そりゃ私もだって……」


「凛ちゃんもやっぱりそうですよね! はぁ、やっぱり早く見つけたいです! それぞれの探している男子を」

「……そうね」


 まだ"探している男子"の正体には行きついていないものの、彼女たち三人は、相良和良に見向きもせずその話題で語り尽くす。

 ただ凛はどことなく心ここにあらず——といった感じであった。


「さっきからどうしたの? 凛。ぼーっとしてるけど、もしかして風邪ホントは治ってなかった?」


 沙羅と結奈の看病の甲斐あってか、凛の体調はすこぶる回復し日曜日には元気になっていた。ところが、ぼーっと一点を見つめる凛を前にすると疑ってしまう結奈である。

 凛の視線の先を追うと——一人の男子生徒を見ている様だった。


「……赤、……赤崎だっけ?」

 一瞬、凛が見ている男子生徒のことがピンと頭にこず確信がもてぬまま結奈はそう尋ねた。


「どうしたんですか? その赤崎さんが。凛ちゃん何か気になることでも?」

「いや、気のせいだと思うんだけど……ジャージ着てないから、さ」


 別にこの季節、長袖が主流なシーズンでもない。それでも凛が気になったのは晴也の縮こまり座っている姿が……金曜日のあの日。雨宿りして座り込んでいた時の彼の姿と重なった気がしたからだった。


「別に普通じゃない? 今、春だし。冬でもないんだから」

「そうですね、凛ちゃんもしかしてですが、熱あります!?」

 沙羅と結奈に指摘されたものの、凛の鼓動は少し早まってしまっていた。


(………そんなわけないのに。私、どうしちゃったんだろう)

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