第29話 風邪で寝込むS級美女(凛)

 雨に打たれながら、帰宅したからか翌日の土曜日——凛は風邪をひいてしまっていた。


「……あ〜熱もあるなぁ……これは」


 火照った身体には倦怠感があり、熱を測らずとも平熱よりは体温が高いということが確信できる。

 土曜日ということもあって、今日は学校がないのが唯一の救いだった。


(ちょっと……昨日は無茶しすぎたかも)


 ぼーっとする頭の中で凛が思い起こすのは、昨日の出来事。

 あまりの居心地の悪さ、そして気恥ずかしさから特に用事もないのに『用事を思い出した』とから逃げ出してしまったのだ。

 申し訳なさと同時に、約20分ほど雨に打たれて帰宅し風邪をひいた自分が情けなくなる。

 部屋の壁に目を向ければ、"晴也のジャージ"が目に留まった。


(……へへっあの人、可愛いかったしかっこよかったな)


 女慣れしてたとこは気に食わないけど、と凛は一人ボソリと呟いてベッドに身を任せる。

 枕周辺にたくさん並べられている、年代物のクッションを一つ手に取ればぎゅーっと凛は口元を押さえつける様に握りしめた。

 思わず口角が緩んでしまったのだ。別にこの部屋には……いや、強いていうならこの家には今、凛しかいないため隠す必要なんてないわけであるが。


 小日向家は凛、その父母の三人家族。

 両親が共働きであるため朝早くに自宅を出ては母は夕方、父は夜に帰ってくることが多い。

 本日、凛はぐっすりと朝方は眠り昼ごろに目が覚めたため両親達は気を遣い凛を起こさなかったのだろう。


「……うーん、やっぱり身体が熱いな〜」


 一人ぶー垂れながら、ベッドに小さな身体を預けていると——ピコンッとスマホから音が鳴った。どうやら誰かからメッセージが届いた様である。

 凛はスマホを手に取りメッセージを確認した。


(結奈りん)『凛、風邪ひいたみたいね。お見舞いに行っていい?』

(沙羅ちん)『凛ちゃん、風邪ひいてしまったのですか!? わ、私もすぐさま向かいます』


 凛の桜色の双眸が示す先は、グループのトーク画面。クラスの"S級美女"三人のみで構成されているグループトークである。

 沙羅、結奈、凛は親友同士であるためそのグループが出来ていても何ら不思議なことはないだろう。


(……結奈りん、何で私が風邪ひいてること知ってるの!?)


 頭の回転が鈍っているなか、凛は不思議に思い首を傾げると先回りして結奈から返信が続く。


(結奈りん)『さっき、凛のお母さんからメールで『凛、ひょっとしたら風邪ひいてるかもしれないから良ければ面倒みてくれない?』って頼まれたの』


 メッセージを確認すれば、ビクッと背筋が震える凛。風邪をひいた、と自覚したのは先程目が覚めてからのこと。

 そのため、朝早くに仕事に出た母は凛の寝顔を確認しただけで風邪をひいたことを見抜いていたというわけである。

 恐るべし母の観察眼、と凛は思わずおののいていた。

 風邪を引いたのは事実だが、お見舞いに来てもらうほど事態は深刻ではない。

 鼻が詰まっているのとせいぜい身体に倦怠感があるくらいである。そのため、凛としては申し訳なさから断ろうとしたのだが———。


(結奈りん)『ちなみにもう色々と買ってあるから遠慮される方が困る』


 凛の性格を熟知している結奈である。凛はふっと一息ついてから『ごめん。風邪ひいちゃった! 迷惑かけるけどお願い〜』とだけメッセージを送ったのだった。


 グループトーク画面ではその後———。


(沙羅)『あの、私は凛ちゃんのお母さんから連絡貰ってないんですが……』

(結奈)『沙羅の場合、何でも大袈裟にするし不器用だから私に任せてくれたんだと思う』

(沙羅)『なるほど……って、それ酷くないです!?』

(結奈)『だって、沙羅の場合、使用人とか呼んだりしない? 沙羅のとこお金持ちだから大袈裟にされると凛も困ると思うけど』

(沙羅)『…………。と、とにかく私も凛ちゃんのとこ向かいます!』


 罰が悪くなったのか、沙羅はよく分からない怪獣の闘志に燃えているスタンプを送った。

 現在の時刻は昼過ぎ、13時30分を回った頃。

 どうやら、凛のお見舞いに二人のS級美女がやってくる様である。


 ————そして、凛の口から昨日出会った人つまり、晴也のことが語られるのだ。


(……私も"運命"って訳じゃないけど、探さなきゃいけない男の人できたから)


 潤んだ瞳の先には、晴也に奢ってもらった缶のココアと晴也のジャージが映っていた。

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