第28話 S級美女と雨の中で③(凛)

 羞恥に苛まれている凛はココアを啜り、小さな身体を抱き寄せていた。

 恥ずかしさが抜けないのか、桜色の瞳は晴也の方へと向かないため、晴也も気まずさを覚えている。


「ごめん」


 何とはなしに気まずい空気が嫌だったので頭を下げると、凛はビクッと一瞬肩を震わせて瞳を見開いた。

 晴也に気を遣わせていることに気づいたのか、凛は慌てて口を開く。


「そんな謝る必要なんてないよ。……むしろ、感謝してるんだしさ」

「いや勝手にお節介焼いたから逆に困らせたのかと思って」

 厚かましくしすぎた、と後悔する晴也だが申し訳なさそうな表情を浮かべれば即座に凛は否定してくる。


「そんなことない、そんなことないよ。ごめんね。私……こういうことに慣れてないから、どんな態度取っていいのか分からなくて」

「なるほど……。でもまぁ、普通にしてくれれば問題ないよ。むしろそっちの方がありがたいからさ」


 こんな風に縮こまられて、静かにされるよりかは出会った最初の時みたいにグイグイ来られる方が助かるのだ。

 凛の長所として、誰とでも分け隔てなく仲良くなれることが挙げられる。そのため、あまり積極的になれない晴也からすればグイグイ来てくれる方が気まずくならないのである。


「そう、だよね。おかしいな〜、私どうしちゃったんだろ」

 浮かない顔を浮かべ、凛は独り言の様にボソリと呟く。


「私って結構ズボラだから。どちらかと言うと男っぽいっていうのかな。だから、グイグイ踏み込めるんだけど……おかしいなぁ」


 綺麗なピンクの唇を尖らせて凛は一人、ぶー垂れる。きゅっと唇を結ぶ凛を前に晴也はフォローに回った様だ。


「そんな男っぽいとは思わないけどな」

「いやぁ〜実際、私って男っぽいでしょー? チンチクリンなところあるし」


内面はそうなのかもしれないが、少なくとも見た目から言えば全く持って否定できる。

 あどけなくも整った顔立ちは、男らしいとは微塵も晴也は感じられなかった。

 なんというか、何て返答すればいいのか分からず黙っていると『いいの、いいの』と凛は一息ついて続けた。


「親友がいるんだけど、その子達は凄くモテるからさぁ〜。自分が男っぽいの痛感してるしね〜」

「男子から言い寄られたり、とかないのか?」


 正直なところ、凛は男子に言い寄られても遜色ない可愛い容姿をしている。

 ジーッと疑う様に晴也が横顔を見れば、ぷいっと凛は恥ずかしげにそっぽを向いた。

 罰が悪そうにしているあたり図星なのだろう。


「……そ、そりゃあるにはあるけどさ」

「やっぱり……可愛いもんな」


 そりゃそうか、と一人晴也は納得する。幼さはあるものの、凛は晴也の目から見ても美少女と言えるほどに可愛らしいのだ。

 素直な感想を言えば、凛はダボっとしているジャージの袖で顔を隠してきた。


「……なんか慣れてるのずるい」

「慣れてる? 一体なにに?」

「そういうところもずるい」


 頬をわずかに赤らめながら、ぷいっと再びそっぽをむかれてしまう。どうやら嫌われてしまった模様。凛の言っている意味が分からず首を傾げる晴也である。


「女の子の扱いに慣れてるところ……あまり関心しないなぁ〜」

「いや、全然慣れてなんかないんだけど」


 高校生活ではむしろ一人でいることの方が多い晴也。女子との関わりはここ最近は確かに多めな気もするが、それはあくまで一時的なものに過ぎない。

 凛の発言は、晴也のチャラ目な容姿が影響してのものであろう。


「そんな本人いる前で、か、可愛いとか言えるの慣れてるとしか思えないよ」

「率直に言っただけなんだけどなぁ」

「そういうの軽々しく言うと嫌われちゃうよ」


 ジトっと半目を向けながら、律儀に注意してくる凛。だが、凛は口では否定しているものの、男から言い寄られていることを否定しないあたり、自身の可愛さを理解しているだろう。

 そのため、晴也が『可愛い』と溢したところで凛としては動揺することはないはずなのだ。


 それなのに、凛はずっと気恥ずかしそうにしている。


「別に"可愛い"ってこれまで何度も言われたことあるんじゃないか? 違ってたらごめんだけど」

「……し、知らない」


 再度、罰が悪そうに凛は言葉を濁すと『よ、用事思い出したから』と、取り繕う様に言って、少し落ち着きを見せ始めた雨の中を一人駆けていってしまった。


 嵐の様に去っていった凛に唖然としながらも、晴也はどんよりとした空模様を眺める。


(……早く、雨止まないかな)

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