第26話 S級美女と雨の中で(凛)

 結局、凛は晴也の提案に対して首を縦に振った様だった。雨でずっしりと重くなった服とスカートを絞って水分を抜けば、晴也のジャージを着込み大人しくしている。


「……思ったより、ぶかぶかだな」

「そうみたい。わざわざごめんね」


 完全に体格差の問題であろうが、凛が着ている晴也のジャージには明確なサイズ感の違いが見られたのだ。手は袖を通ってないし、裾の部分は腰から股にかけて覆われている。

 正直な話、凛がスカートやズボンを履かなくてもギリギリ隠れる位には晴也のジャージは凛にとって大きいのである。


「それはそうと、雨止みそうにないな」


 通り雨だから直ぐに止むだろう、と踏んでいた晴也だが空模様から雨はまだ止んでくれそうにはなかった。

 初対面の女子と、それもどうやら同じ高校であるらしい女子高生と時間を共有していることも影響してか、時間の流れがゆっくりと感じられているのだろう。

 早く雨が止んでくれることを祈る晴也である。


「そうだね〜。こんなに降ってるなら傘持ってくるべきだったよ」

「最悪、雨が降ってる中での解散になるかもだけど大丈夫そう?」

「まぁ、ここからだと30分くらいかな。雨の中を駆け抜ければ大丈夫!」


 後悔した。晴也は聞かなければよかった、と内心で瞳を細めてはため息をつく。


(……全然大丈夫じゃないだろ、それ)


 基本的に徒歩通学の形態をとる学生は徒歩で最悪でも20分ほどの距離に自宅があることが多いのだが、凛の場合は走って30分である。

 本来であれば、自転車での通学が許される距離のはず。それなのに徒歩通学をしている彼女に晴也は首を傾げた。


「……そんな遠いのに、なんで徒歩通なんだ?」

「あぁ〜私、こう見えて運動とか好きでね〜。あと日差しにあたるのとかも好きだから、のびのびと通える徒歩の方が向いてるの」

「そうなのか」

「うん!」


 本人が望んでしていることなら、晴也としても口を挟むことは特にないのだが、いかんせんこの雨だ。

 同い年なのはともかくこんなに体格の小さな女子に雨の中30分、駆け抜けさせるのは何というか罪悪感が胸の中にわきおこってしまう。

 どうにも、寝覚めも悪くなりそうだった。


「……そっちは家近いの? 大丈夫そう?」

「まぁそれなり、には」


 歩くこと数分程度で自宅につきます、とは言い出しづらく晴也は言葉を曖昧に濁して顔を逸らした。


「そっか」

「うん」


 淡々とそんな問答をすると、凛の口数が次第に減ってきていることに晴也は気づいた。

 最初はグイグイ来ていたのに、今ではなりを潜め控えめな態度になっている。

 勿論、ジャージを貸したことや服が透けていたことを伝えてから思わず緊張してしまっていることもあるだろうが、それにしても晴也からすれば違和感が拭えなかったのだろう。

 違和感の正体を探る様に凛の方を見やれば、僅かながらに身体が寒さからか震えてしまっているのが目にとれた。


「……んー? もしかして私に見惚れちゃった? 見惚れちゃった?」


 晴也が訝しんで凛のことを見れば、元気そうな態度を戻し白い歯を覗かせてくる。


(……これは、から元気だな。怪しまれたから取り繕ってる、そんな感じだ)


 凛の体調が優れないのかどうなのかは、晴也からすれば知る余地はないが少なくとも良さそうには見えなかった。


 ぷるぷると僅かながらに震えている身体。

 ほんのりと少しだけ悪そうに見える顔色。

 口数が減り、から元気な態度が見え隠れしている口調。


 晴也は気づかなければよかった、と再度後悔する羽目にあったが気付いてしまった以上、看過することは出来ない様子。

 ザァー、ザァーと降りしきる雨を前にして晴也は覚悟を決め、凛にこう言い放つのである。


「良かったら、うち来るか?」

「……えっ……って、は?」


 驚き、そして次には極寒の声が耳に届いたため、言わない方が良かったかも、と晴也は内心でため息をつくことになる。


 雨宿りしている中で、偶々"出会った"だけの女子高生の凛と晴也の関係は神の悪戯かまだ続きそうであった。

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