凛パート

第25話 新たなS級美女との出会い(凛)

 結奈の発言から違和感を覚えた晴也であったが、だからといって特に何か変化が起きたわけでもなかった。


 平日の学校生活では、いつも通り一人で過ごすことが多いため、校則を結奈が知っていようが晴也の生活に影響は及んでいないのである。


 最もここ最近は隣の席の佑樹にダル絡みされることもあり、"S級美女"の話題が絶えないわけであるが。

ここ数日間は、その"S級美女"のビッグニュース——というのも『姫川沙羅と高森結奈。二人の好きな男子がこの高校にいる』との噂が絶えずクラスは慌ただしかったが、クラスの内情に興味を示さない晴也からすれば、些細なことであった様子。

 佑樹にその話を振られれば、適当に流し、一人のつつがない高校生活を晴也は送っていたわけである。


♦︎♢♦︎


「……おいおい、急に降ってきたなぁ」


 雨が突然降ってきた、という事で晴也は近場にあった雨宿りできる場所へと立ち寄っていた。

 今現在は、金曜日の夕暮れ時。

 授業終わりということで晴也はひとり帰路を辿っていたのだが、途中で驟雨しゅううに見舞われてしまっていたのだ。

 通り雨であろうが、雨の勢いは強く制服や鞄、そして髪もずっしりと濡れてしまい思わず気分が萎えている現状である。


(……はぁ、最悪だ)


 内心ではため息をつきまくるが、雨で重くなった髪を一気にかきあげて、視界を良くし、雨粒を吸い取った服をぎゅっと絞りこんでいく。


 空一面をいつの間にか覆い尽くしていた、暗雲を見ると、益々ますます晴也の気分は萎えていった。


 ザァーッと降りしきる雨が止むには幾分か時間がかかりそうである。


 そんな天気模様に思わずムカついて、晴也はお洒落をして気を紛らせようとした。

 数少ない趣味に耽れば時間も自然と流れていくだろう、とポケットに忍ばせていたイヤリングを両耳につける晴也。

 ところが、思ったよりも気分が優れないのかため息ばかりを溢していた。


 暗鬱としている空模様をボーッと見つめながら、ふぅと一息ついていると———やがて一人の女子生徒が駆け込んでくる。


「雨、ひどいなぁ〜。何でこんないきなり」


 ぱちゃぱちゃ、と雨で濡れている地面を駆け抜けて公園の休息所——つまり、晴也が現在雨宿りしている場所へとやってきた。


 小柄で小動物の様な愛嬌のある彼女に、と晴也は思ったものの、同時に容姿は整っていると感じていた。

 ぱっちりと開いた桜色の瞳。肩まである髪は今現在は雨で濡れてしまっているものの艶があるのが伺える。唇も綺麗な色をしており、どちらかと言えば『美しい』系統ではなく『可愛い』系統に属する容姿をしている。何というか男子に好かれそうな見た目だ、と晴也は思えていた。


「あれ? 先客がいたんだ」


 慌ただしい様子の女子生徒を見れば、ふと、顔を見上げた凛と晴也は不意に目があってしまう。


「あぁ、使わせてもらってる」


 一瞬、敬語で話そうか悩んだ晴也だが凛がフレンドリーな口調であったためこちらも合わせることにした様だ。凛のあどけない容姿も敬語にしなかった理由に影響しているにはしているのだが。


「いやぁ〜、雨とかひどいよね〜。天気予報ではそんなこと言われなかったのに」

「そうだな。しかも、通り雨にしては止みそうにないもんなぁ」


 雲模様が物語っていたのだ。当分、雨が止むことはない、と。

 空を見上げて苦笑いを浮かべれば、こちらをじ〜っと見つめている彼女の視線に晴也は気づいた。


「……その制服、同じ高校だよね? ごめんね、今気づいちゃったんだけど」

「そうみたいだな」

「イヤリングなんかして、不良なんだ〜。それで、それで、何年生?」


 食い入る様に質問してくる凛に圧倒され、晴也は思わずたじろいだ。


(……距離の詰め方がすごい子だなぁ。グイグイ来るっていうか何というか)


 これが俗にいう——陽キャというやつなのだろう、と人並みのありふれた感想を内心で抱く晴也である。


「……まぁ一年生だけど」

「同い年じゃんー! 一年生なのにそんなオールバックにイヤリングなんて、やるね」


 白い歯を見せて、クスクスとご機嫌高く笑う凛を認めると晴也は同時に焦りの気持ちが湧いてくる。


(まずいな。名前とかクラスまでバレた場合、この子が教室に来る場合のことを考えると……)


 自意識過剰なのかもしれないが、凛に関してはあり得る話。初対面でここまで距離感が近い彼女であるならば、学校でもし見かけた際は何気なく関わってきそうであった。

 一人でつつがない学園生活を送る晴也にとってそれは見過ごせない危機である。

 何より、隣の席の佑樹からそんなことがあれば、質問攻めされるのが目に見えてしまっているのだ。先のことを考えると、これ以上——プライベートな話は避けるべきだと本能が訴えている。


「それで、名前とクラ——」

「申し訳ないけど、ちょっと見えてるからさ」


 凛の言葉に重ねて、晴也は視線をすっと逸らして罰が悪そうに言い放った。

 制服の素材の問題なのか、透けていたのである。そのせいで、ブラジャーの跡がくっきりと見えてしまっていた。凛はこてんと首を傾げるも、自身の身体を見つめると、そのことに気づいた様子。


「———わ、わわっ」


 途端、羞恥からか自身の身体を抱き抱えてしゅんと縮こまる凛である。綺麗な桜色の唇を尖らせると下を俯いて『エッチ』とだけ溢してきた。


(……触れようか悩んだけど、致し方なかったんだ……許してくれ)


 実は、凛が駆け込んできた時からそのことには気づいていたのだが、晴也は敢えて触れずにいたのである。

 だが、『名前とクラス』。答えたくない質問を紛らわせるため苦渋の決断でそのことに触れたのだった。


 こちらに後ろ姿を向けて、縮こまり急に静かになった凛を認めると、気まずい空気が一気に漂い出した。

 先程まで、凛の明るい声で辺りは支配されていたのだが、今やザァーッという雨の空虚な音だけが晴也の耳に入ってきている。


(……俺から気まずくさせたわけだし、仕方ないよな)


 晴也は申し訳なさから、自身の鞄のチャックを開け、長袖のジャージを取り出し、それを小さな彼女の背にかけた。


「とりあえず、俺は見ないから、その服……しぼるならしぼるで。もし俺のジャージ着るなら着るで好きにしてくれ」

「…………っ」


 淡々と晴也がそう溢すと、振り返った凛の瞳は、ほんのりと静かに揺れ動いていた。


 あまりに、らしくなくなった凛に晴也は悪態をつきながらも、お節介を焼くことにした様だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る