第6話 S級美女との食事

 彼女の頼みを断っておけばよかったと後悔することになったのは、近くのファミレスに寄ってからのことだった。


(気まずい……そして、胃が痛い……)


 沙羅と晴也がやってきたのは、大手のファミレスチェーン店、"ココミ"。

 リーズナブルな値段で提供される料理は多岐に渡り老若男女問わず、こよなく愛されているファミレス店である。

 さておき、晴也の眼前にはドリアとピザ、ポテトなどが並べられており気まずい空気があたりを支配していた。


 ……側から見れば、晴也と沙羅は初々しいカップルにでも見えているのだろう。


「あ、あの……先週といい今日といい本当にありがとうございました!」


 背筋をピンと伸ばし、強ばった顔のまま沙羅は堅苦しい言葉で頭を下げてくる。

 気まずい沈黙の空気を破ったのは彼女の方からだった。艶やかで桜色のぷるんとした唇がきゅっと結ばれているあたり、緊張しているのが伝わってくる。


(そこまで改められると……こっちも緊張してくるんだが)


 熱くなってくる顔を悟られない様に、普段のトーンで晴也は口を開いた。


「いえいえ、俺はホントそんな大したことはしてないので……」


 実際、乗りかかった船の話。先週の件も何だか放っておけなかったから声を掛けただけの話である。


(それに……先週は特に何も出来なかったしな)


 情けない自分に落胆しながら、肩を落とすと沙羅は仰々しく振る舞ってきた。


「……その、今日はお礼としていくらでも食べて貰って大丈夫ですので! わ、私なりの感謝ですから」

「いやいや、それは悪いというか——」

「恩は返さなきゃ駄目というのが、ママ……いえ、母からの教えなんです!」

「っ……いいお母さんですね」

「はいっ! なので、是非っ。沢山食べてくださいね」

「……………」


 ニッコリと笑う沙羅を前にすれば、断るのは逆に申し訳なくなってくる晴也。

 沙羅は並べられている数々の料理を晴也が口に運ぶのを待っているのだろう。

 じっと見つめてくる彼女の期待に応えざるを得ず、晴也はまずドリアから口に運んだ。


「……ん、美味しい」

「そうですか! 良かったです」

「…………」


 ドリアの味わいはクリーミーで丁度よい味付けをされており、舌によく馴染んできた。

 ただ、少し顔を赤らめじっと琥珀色の瞳を向け続けてくる沙羅を確認すると、つい緊張してしまう晴也。


(……美少女に見つめられ続けられながら、ご飯食べなきゃいけないって、何ていう拷問だ……)


 晴也自身、女性への耐性があるわけではない。加えて、沙羅はかなりの美少女であるためその彼女に見つめ続けられるのは流石に緊張してしまうのだ。


「……えーと、自分で言うのもなんですけど、遠慮せず食べて貰っていいですよ」


(というか、食べてください! 気まずいから!)


 晴也の内情を沙羅が悟る余地はないが、彼女は亜麻色の髪を揺らしながら、瞳を輝かせてくるのだ。


「え、いいんですか? で、でも」

「いえ、そこまで自分食べるタイプでもないので」

「そ、そうなんですか!? な、なら……」


 沙羅はポテトに手を伸ばして、口に運ぶと途端、顔をりんごの様に真っ赤にさせた。


「……うぅ、は、恥ずかしいです」

「ははっ、そう。俺も同じ気持ちでしたから、一緒に食べてくださると助かります」

「配慮が足らず、申し訳ないです」

「いえいえ、そんな畏まらなくても。一緒に食べ進めていきましょう?」

「……っ、は、はいっ!」


 どこか抜けている彼女のことを知ると、晴也は自然と先程まで蔓延としていた緊張感が抜け出した。


♦︎♢♦︎


 食後、そろそろ会計に向かおうと考えていると彼女がメニュー表と睨めっこしているのが目に映った。

 琥珀色の瞳をむむっと細めながら、じーっとテーブルに広げられたメニュー表を凝視している。


(……まだ何か食べたいんだろうな)


 彼女の視線の先を辿ると、どうやらチョコレートケーキかショートケーキかで悩んでいる様に見えた。


 沙羅はスイーツ好きであるため、晴也のことが今は頭からすっぽ抜けている様子。

 晴也は正直、お腹はいっぱいであったが、気を効かしだした。


「……チョコレートケーキ最後に食べたいんだけどいいかな?」

「え、い、いいですよ! なら、私はショートケーキを頼みます」


 晴也が声をかけると戸惑いだし、そう言い放つ沙羅。あまりにも分かりやすい反応だった。


「じゃあ、頼もうか」

「はいっ!」


 元気よく沙羅は返事をする。それから注文をして数分後、すぐさまケーキは届いた。

 ケーキを見つめる彼女はまるで誕生日プレゼントを与えられた小さな子供の様に瞳を輝かせていて何だかほっこりとする。

 少しだけ雑談を挟みながら、ケーキを一口運ぶと晴也は口を開いた。


「すみません……自分、今お腹いっぱいになっちゃったので残りの分、食べてもらえないですか?」

「え………」


 固まる沙羅を前に少し怖くなってしまう。わざと狙っていたのがバレてしまったのか、と。

 だが、沙羅は唇を尖らせ視線を逸らしてきたためホッと安堵する。


「……お、お腹いっぱいならし、仕方ないですもんね……」

「そ、そうです。結局捨てることになってしまうので」

「し、仕方ないですよね……そ、そうですよね」

「…………?」


 やけに遠慮し顔を赤らめる沙羅を見ると、こてんと首を傾げる晴也。


(な、なにを……そんなに戸惑う必要があるんだ? 彼女のことならもっと目を輝かせてもいいはずなのに……)


 不思議に思う晴也であるが、一つだけ失念していたことがある。


 それは、自分がケーキを彼女に与えてしまったということである。

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