第5話 美女との邂逅
それから、時は過ぎ週末を迎えることになった晴也。
(……今日は、服でも買いに行こうか。少女漫画は先週に買って満足したし)
鏡の前で身なりを整えては、自身のファッションを見て服の買い足しを検討する。
鬱屈とした学校のある平日を乗り越えた、週末は晴也にとって天国そのもの。
(それに、やっぱり一人暮らしは最高だ。実家でこんなお洒落をしてたら、"妹"にキモッて拒絶されるだろうからな……)
実は、今年高校一年生になってから一人暮らしを始めている晴也。赤崎家は自分、妹、母、父の四人家族。父母共々に優しく趣味には寛容なのだが、妹だけは思春期に入ってから反抗を自分にだけ見せているのだ。
(昔は……懐っこくて可愛かったのにな)
そんな妹のことを頭によぎらせながら、頭髪と身なりが充分だと判断できると、晴也は住んでいるマンションを後にした。
♦︎♢♦︎
「さすが、週末……やっぱり人が多い」
いつものデパートに向かう途中で、晴也は人ごみの多さに思わず苦言を呈した。苦笑いを浮かべながら、向かおうとするのは"裏ルート"。
だが、脇にそれて小道へと進もうとするところでピタリ、と足が止まる。
(また……トラブルに巻き込まれたら面倒臭いな)
思い返すのはちょうど一週間前のこと。裏ルートからデパートに向かおうとして、ナンパされている女の子を見つけてしまったこと。
普段からナンパなんて起こるわけない、と決めつけてはいるものの何だか嫌な予感がして、くるりと晴也は身を
(はぁ……でも正規の行き方だとやっぱり人が多いよなぁ)
再度、人の多さにため息をつきながらも大通りを抜けていく。周囲の建造物が次第に近づくにつれて、デパートが大きく瞳に映り込んできた。大通りに比べれば、人影は落ち着きを見せており、少しだけホッとする。
家を出てから、数十分のこと。重い足を運んだ末にようやく目的地へとたどり着いた晴也である。
デパートに着いてからは晴也の足並みは早かった。慣れているからか、人の流れに沿って二階へと向かっていく。
晴也が向かう先、それは少しお高めな洋服屋。男女問わず、人気のある店に足を運んでは頬を思わず緩ませる。
(……少しチャラめの服が欲しいんだよなぁ。チャラめの服が)
お目当ての商品を内心で唱え、メンズコーナーを見て回ろうとしたところで————
「わ、わわっ———」
晴也の視線の先で、沢山の洋服を抱えた女の子が何もない床につまずいて転んだのだ。
見たところ、風貌はとても女の子らしく可愛らしいもの。白シャツに赤と黒のチェックスカート。背中には小さな黒のリュックが背負われており、気品さが伺えた。
ちょうど自分の背後で、転ばれたため、声をかけない訳にはいかず晴也は転んだ女の子に声をかける。別に他意はなかった。
「大丈夫ですか?」
腰を曲げなるべく優しい声音で問いかけると、ズンっと顔を見上げてこちらを向いてくる。彼女の顔が上がったところで手を差し伸ばそうと考えていたが、一度固まってしまった。
見覚えのある顔だったのだ。
(え、この子ってたしか……)
可憐な風貌を露わにした彼女の顔が瞳に映ると晴也は絶句する。晴也の脳裏によぎるのは一週間前、ナンパされていた女の子のこと。
あの時とはファッションは異なっているが、少しあどけない顔立ちは見間違いのないものだった。
「え、き、君って———」
「大丈夫です! って……あ、あのときのっ!」
どうやら驚いたのは晴也だけではなかったらしい。口をパクパクとさせ、沙羅は途端、顔を真っ赤にさせる。フリーズし、固まる沙羅を前に晴也も戸惑うものの、床に落ち散乱してしまった洋服をすぐさま回収していった。
(……いや、どんな偶然だよ)
胸中で突っ込みながら、洋服を回収し終えると沙羅に晴也はそれらを手渡した。
(み、見なかったことにしよう……)
あまりにも出来た展開にストーカーを疑われるのは嫌だ、と変に勘繰ってしまい晴也はその場から離れようとする。
ところが、服の裾を引っ張られそれは拒まれることになるのだ。
「……ま、待ってください。に、二度も助けてもらって、恩を返さないほどの薄情人にはなりたくありません」
琥珀色の瞳を潤ませながら、か細い声で嘆願してきた。『俺は、特に何もしてないので』とすかさず返そうとするも、彼女の方が一つ
「わ、私を薄情人にさせないでください……。だ、駄目ですか?」
気恥ずかしさのある声音が静かに頭に入り込んでくる。うるうると潤んでいる瞳は有無を言わさぬ圧力があった。晴也は、断る気でいたが沙羅に推し負けてしまったのだろう。
ふぅと一つ息を吐いて、首をゆっくりと縦に振った。
「あ、ありがとうございます!」
返答すると、ニパァと顔を明るくさせるものだから
(それにしても、気まずい。それに、何で彼女はこんなに顔赤くしてるんだろうか。まぁたしかに今日暑いもんな……)
そう言い聞かせる晴也であるが、沙羅の火照った身体が冷めるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
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