第4話 隣の男子から

 繰り返しになるが、晴也はクラスにおいて"空気モブ"の立ち位置である。

 だが『よくいる陰キャで無口な奴』がクラスの共通認識な晴也でも、声を掛けてくるクラスメイトが一人もいないわけではなかった。


「なぁなぁ、聞いたかよ。赤崎」

「…………ん?」


 普段は必ずと言っていいほど、一人でいる晴也であるが、このときは隣の席の風宮佑樹かぜみやゆうきに声をかけられていた。


 声のトーンからして、テンションは高め。

 佑樹と晴也の仲はあくまで『隣の席の人』の域を超えないものであるが、余程共有したい情報があったのだろう。目を輝かせて晴也に話しかける佑樹である。


「さっきの会話だよ、会話」

「誰の?」

「S級美女達のだって」

「S級美女?」


 思い当たる節がなく、こてんと首を傾げる。

 S級美女と聞いてピンとこないのは、全くクラスのことに関心がない晴也くらいであろう。


「赤崎……お前、マジか」

「まじだ」


 失礼な話かもしれないが、今現在話しかけてもらっている佑樹のことに関しても名前を知らずにいる晴也。

 あくまで『隣の席の男子』くらいの認識しかしていなかった。

 まあ、高校生活が始まってまだ間もないということも影響しているのだが。


「S級美女ってのは、クラスで話題の美女三人のことだって。姫川沙羅、高森結奈、小日向凛。この三人のことだ、分かるだろ?」

「あ、あぁ……分かる分かる」


 興奮して言ってみせる佑樹を前に晴也は流石に『分からない』とは言えず、曖昧に濁した。

 ちなみに、晴也はここまで言われてもピンときていなかった。


(………いや、誰だよ。その人たち)

 こんな風に内心では思っている晴也である。

 だが、続けて発言する佑樹の情報から『先程の会話』かと察することになるのだ。


「それで、さ。あの姫川さんが"恋した人"がいるんだってよ。しかも詳細を聞くに、少女漫画みたいなロマンチックな出会いをしたらしい」

「あーそうみたいだな」

「いやぁ〜あの姫川さんが……驚きだよなぁ。お相手さんが羨ましい限りだ」

「……そ、そうだな」


 晴也の知るところではないが、姫川沙羅はS級美女と呼ばれるほどの美人であるのと同時に『難攻不落』の女子としても知られていた。

 昨年まで女子校……それもお嬢様学校に通っていたから男が苦手というありふれた話ではあるのだが。


「ははっ、クラスの男子なら腰を抜かすほどのビッグニュースなはずなのに、よくもまぁ興味なさげに出来るよな。赤崎は」

「………っ」


 表情には出さないようにしていたが、どうやらお見通しだったらしい。

 晴也がS級美女達の会話を聞いていたのも、自分が経験したことと酷似したことを話していたからであって、彼女たちに興味があった訳ではなかった。

 佑樹の言うとおり、クラスの男子なら興味がそそられるはずのS級美女のことを晴也は何とも思っていなかったのである。


「……でもまぁ、S級美女のこと位は最低限知っておいた方がいいぞ」

「……………」


 忠告する佑樹を前に、晴也は黙り込んでいると揶揄う様に彼は笑った。


「……じゃないと、友達とか出来ないからな」

「余計なお世話だな、全く持って」

「ははっ、違いない」


 佑樹はケラケラ笑うと、別のクラスメイトと話がしたいのか、そのまま席を離れていった。

 佑樹の姿が見えなくなったのを確認すると、晴也は再び寝たフリを継続させる。


(それにしても……S級美女か)


 ふと、どんな女子たちなのか気にはなったが自分に縁などあるはずもない、と決め込んで思考を放棄する晴也。


(まあ……関わることなんてないだろう)


 このときはそう決めつけていたのだが、今週末——S級美女の一人、姫川沙羅と再会することになるのだ。勿論、晴也も沙羅も同じクラスの者同士だとは知らずに。

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