第7話 S級美女とのお買い物
「そういえば先程、服を買われようとしてしましたよね」
「あー……まぁ」
食後、会計を終えた晴也は沙羅と解散しようと思っていたのだが、沙羅にそれを封殺されてしまっていた。
沙羅の顔は未だに赤く、琥珀色の瞳からは寂しさが少し混じっている。
奢ってもらった手前、彼女の言い出しから逃れることは申し訳なく感じ、晴也は曖昧に言葉を濁すことしか出来ないでいた。
「……その、私も服を買いたいのでご一緒してもいいですか?」
「全然そのくらいなら」
赤と黒のチェックスカートを揺らすと、沙羅はニッコリと微笑んでくる。
まだ晴也と一緒にいれて嬉しい、沙羅の内情はおそらくそんなところだろう。
「では、向かいましょうか」
「そうですね……それと、先程はホントご馳走様です」
「いえいえ、これくらいしないと私の気が済まなかったので」
右腕を上げては、大したこともない力こぶを作って見せてくる沙羅。彼女の和やかな雰囲気は微笑ましいものであり、晴也は思わず口角を緩ませてしまっていた。
「もうっ……ここ笑うとこじゃないですよ?」
「すみません。何だか可笑しくて」
力こぶにしてはあまりにもへにゃへにゃすぎたのだ。それをドヤ顔でしてやったりと見せつけてくるものだから、笑わざるを得なかったのである。
「………っ。そ、そんな風に笑われるんですね」
一度笑い出すと、中々収まってくれずに笑い続けてしまう晴也。気づくと沙羅は顔を隠すように下を向いていた。
(……まずい。機嫌悪くさせただろうなぁ)
直感し、すかさず謝ろうとする晴也であるがそれは杞憂に終わることになる。
「……い、いきましょうか」
「あ………はい」
何故か気まずい空気が漂い出したと晴也は不思議がるが、沙羅の耳は真っ赤になり口数が明らかに少なくなっていた。
何だかんだで気まずい空気の中、先程、寄った服屋に戻ってくると沙羅は瞳を輝かしながら店内を見て回っている。
その様子を見て子供の様だな、と内心で思う晴也。同時に安心感が胸に渦巻いてくる。
(あのまま……気まずい空気になるのも困るからな)
この洋服屋に向かう道中のこと。僅か数分間のことではあったが、あの空気感は地獄でしかなかった。たった数分のことでも数十分のことかの様に時がゆっくりと感じられていたのだ。
そのため、沙羅の調子が元に戻ってくれたことに対して、晴也は心底ホッとしている様子。
晴也は落ち着いた声音で優しく言い放つのだ。
「では自分はメンズコーナーを見て回るので」
「はいっ! では、私はレディースの方を」
そうして、一時的に別れることになった二人。気になる商品やお洒落アイテムを見て購入を検討すること約三十分。
晴也は一人、会計を済ませレジ袋に商品を詰め込んでいた。
(今日は……いい買い物ができてよかったな)
なんてそんな風に思っている最中———。
「ふ、ふぬぬっ————」
動きがロボットの様にかくついた沙羅が晴也の瞳に映ったのだ。彼女の両手にはこれでもか、と言えるほどに沢山の洋服が詰め込まれたエコバッグが握られている。
綺麗に整えて詰め込んではいるものの、明らかに重そうだった。
(……昼食は奢ってもらったし、ここで手伝わないとそれこそ、薄情人だよなぁ……)
目の前で沢山の荷物を持っており、尚且つその人が完全な赤の他人というわけでもない。
手伝わないという選択肢は晴也の頭の中にはなかった。
「……あの、持ちますよ?」
尋ねた晴也に、沙羅は琥珀色の瞳を見開かせる。
「い、いや大丈夫です! こ、このくらい」
強がってはいるものの、明らかに大丈夫ではなかった。両腕は見事なまでにプルプルと震えているし、足の動きはどこかぎこちなかった。
「お昼の件も兼ねて……持たせてください」
「で、ですが……これ以上、お世話になるのは」
どうやら彼女には、罪悪感がある様だった。
誰かに助けてもらったり、手を差し伸べられることに対して。それは、沙羅なりの優しさであるに違いないが、それで晴也の気がおさまることはないのだ。
「じゃあこれならどうですか? 俺が世話を焼きたいと思うから世話を焼くんです。貴方のためではなく、俺自身のために持たせてください」
途端、顔が少し熱くなる。言っていてちょっと臭いと思ったのだ。どこぞの少女漫画の受け売りの様なセリフだが、言ってみるとやはり恥ずかしい。
ところが、純真な沙羅の心に今の言葉は刺さった様子。琥珀色の瞳をキョロキョロと泳がせながら、言ってくるのだ。
「……っ。そ、そういうことでしたらお、お願いします」
「あ、はい………」
きゅっと恥ずかしそうに口を結ぶ沙羅から荷物を受け取っては、自分の荷物と一緒に手にする。
「……そ、その。私、車を呼ぶので外までで大丈夫です」
「了解です」
ちなみに、彼女の買った荷物は確かに女性が手にするならそれなりに重く感じられたが晴也としては気にならない程度。
彼女が呼び出すという車がどこの出口から近いのかが分からないため、彼女に従って歩いていくとやがて西側の出口へと出ることになった。
「で、では……ここまでで大丈夫ですので。そ、その本当にありがとうございました!」
ぺこり、と律儀に頭を下げてくる沙羅に晴也は『こちらこそ』と言って手を振る。
それが、二人の別れ。
今度こそ、もう関わることはないと思う晴也であるが……全然そんなことはないと知るのは先のことである。
♦︎♢♦︎
とある車の中では『ルンルン♪』と楽しげに鼻歌を歌う沙羅の姿があった。
彼女の乗る車は黒色の立派な高級車。運転主でもあり、且つ使用人である者はご機嫌のいい彼女に問いかけてくる。
「お嬢様、どうも今日はご機嫌ですね。いい買い物でも出来たのですか?」
「いい買い物というよりは、"良い出会い"です」
「え、お、男ですか!?」
「はいっ! 荷物も持ってくださって、歩幅も合わせてくださって、その上カッコいい台詞まで持ち合わせている立派な人です」
「はぁ……お嬢様、夢見るのも結構ですが……最近だって危ない目にあったとお聞きしているのに、大丈夫なんですか?」
使用人が疑問に思うのは、先週——厄介なナンパに沙羅が遭ってしまったということ。それが気がかりなだけに、心配するのは当然のことだった。
「その助けてくれた方が今お話ししてる方なんです!」
「そ、そんなことあるんですか!?」
使用人は口をあんぐりと開けては唖然としていた。それは、もう普通では考えられないことだから。
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