第8話 S級美女達の会話②

 あの晴也とデパートで再会した件は、クラスのS級美女達に早速共有されていた。


 一緒に昼ごはんを食べたこと。荷物を持ってくれたこと。歩幅を合わせてくれたこと。気を遣ってくれたこと。


 昨日の出来事を凛、結奈に伝えれば二人は感嘆の声を漏らす他なかった様である。


「沙羅ちん……それ本当に運命の出会いって感じじゃん! 凄いって!」

「ホントに凄いね……」


 先週、助けてくれた男とまた出会えたら……そんな願望を込めて応援していた凛と結奈。

 まさか直近で、再び出会ったことには驚くことしか出来ない。結奈は目を見開いて固まるが、凛は桜色の瞳をピカピカと輝かせながら聞いてくるのだ。


「それで、それで……今度こそ連絡先聞けた?」


 沙羅に詰め寄って聞くと、彼女は顔色を悪くさせ唇をわなわなと震わせる。凛の問いかけに暫く沙羅は黙り込んでしまうものの、沙羅の様子から答えは明白だった。


「沙羅ちん……また聞き忘れてたんだ」

「……ど、どうしよう!? も、もう会えないとかあるんです……かね」


 藁にもすがる想いで、凛にうるうると琥珀色の潤んだ瞳を向ける沙羅。思わず結奈がフォローしようとすると、凛が先に口を開く。


「大丈夫だよ! きっとその男の人と沙羅ちんは"運命の赤い糸"で繋がれてるんだから!」

「……っ」


 凛に言われ、沙羅ははっと息を呑む。

 夢女子がちな凛と沙羅は妄想の世界を広げていった。


「デパートで出会ったんでしょ? なら、またデパートに行けば会えるって! 沙羅ちん。そ・れ・に、沙羅ちんはお金持ちなんだから……最悪、ね」


 ニシシ、と悪人面になる凛を見て沙羅もその気になろうとしたものの、黙って見ていた結奈が口を挟んできた。


「やめてよ? 凛。悪に染まる沙羅なんてみたくないから」

「えーでも、結奈りん。悪堕ちした沙羅ちんってどんな感じか興味あるでしょ?」

「……きょ、興味ない」


 結奈は口では否定するが、口調から嘘であることを凛は看破していた様。悪魔の囁きを再現し、小悪魔の顔になって凛は囁くのだ。


「そんなこと言って……ホントは興味あるでしょ……結奈りん」

「…………い、いや興味なんか」

「ふふっ、病んだ沙羅ちんって可愛いと思うんだけどなー。どうだろうなぁー?」

「……っ。へ、変な道に誘おうとしないで」


 こっち側においでよ、と悪の道に連れ込もうとする凛から離れる様に結奈は顔を赤くしてその場を後にする。


「あーあ、やりすぎちゃった」

「凛ちゃん、使用人に頼んで……特定とかしてもいいんでしょうか? 私、その辺のことよく分からないんですけど」

「……いやいや、沙羅ちん。じょ、冗談だから。そんな沙羅ちん見て見たくはあるけだ、結奈りんがもう口聞いてくれなそうだし」

「そ、そうですか……」


 途端、不安な顔になる沙羅であるが凛は確信じみた顔でフォローに回った。


「きっと、また会えるから安心しなって。私、すごく羨ましいんだから……沙羅ちんが」

「そ、そうですか?」

「うん! だって、そんな、私だってしてみたいもん! 結奈りんだってきっと違いないから」

「………」

「ホントに応援してるから、落ち込まないで! 沙羅ちん」


 ない胸をはって、自信を出させようとする凛。見た目は、あどけなく幼さを感じる彼女だが、実は面倒見の良いお姉ちゃん気質。沙羅を元気づけさせると、沙羅はよしっと握り拳を作る。


「そうですよね……。きっとまた会えます!」

「沙羅ちん、そのいきだよ」

「はいっ! では、結奈さんの元へ向かいましょうか」

「そ、そうね……ちょっと揶揄いすぎちゃったし」


 クラスの周囲の目なんてものはいざ知らず。

 男子達はS級美女である沙羅、凛の会話に耳を傾けるが、彼女たちはそんなことは気にも留めていない。二人は、もう一人のS級美女、結奈を探しに教室を嵐の様に去っていった。



♦︎♢♦︎


 S級美女達の話を聞いて、一人だけ寝たフリをし妄想に耽る男子がいた。晴也である。


(……運命の出会い。凄いなぁ、そんな少女漫画チックなことがあって)


 自分も似たようなことがあったが、彼女が言う様なカッコいい男の振る舞いは出来なかった。

 歩幅なんて気にも留められなかったし、荷物だって中途半端に運んだだけだし、ご飯だって奢ってもらっただけ……。

 思い返すと、晴也はどっと肩を落とした。


(いや、待て待て……俺、ダサすぎないか? あの女子が言う様なカッコいい男とは正反対なんだが……)


 その女子——沙羅が言うカッコいい男というのが、晴也自身のことであると彼は検討する余地すら持ちあわせていなかった。

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