第9話 S級美女との邂逅②

 ストレスを抱えるとその発散としてお洒落を嗜むのが晴也の日課である。晴也の住むマンションから高校は徒歩圏内ではあるものの、少し遠めではあるため晴也は落胆していた。


(課題のプリント忘れた。っち……最悪だ)


 普段から忘れ物をするタイプではないのだがこの時は偶々たまたま忘れ物をしてしまった晴也。半ば焼けくそにお洒落を決め込み、晴也は心の安寧あんねいを取り戻す。


(まぁ……高校は常に教室オープンになってるし、"体操服のジャージ"を着て運動部に見せかければどうってことないか……)


 お洒落をして心の平静が訪れてから晴也は察してしまったのだ。この容姿で、学校に向かうのは危険ではないか、と。

 ただでさえ、校則でワックスやピアスは禁止されているため、悪目立ちしてしまう可能性が高かった。

 だが、普段はするはずもない忘れ物をしてしまった晴也はストレスが溜まっていたため、このままお洒落をした状態で、高校に向かうことにした様である。


(ま……俺って、存在感薄いし何とかなるだろ……)


 "空気モブ"としてクラスの立ち位置が確立されている晴也。若干の危機意識はあったものの、そう決めつけて晴也は学校指定のジャージに着替え、ひとり家を出た。


♦︎♢♦︎


 晴也の住んでいるマンションから高校に向かう道中には、こじんまりとした一つの公園がある。設置された遊具の数はそこまで多くないが、バスケゴールが位置しているのが数少ない利点の一つである。

 よくバスケ部の者たちが休日に利用していることが多いのだが——この日は違ったようだ。


 小さな子供が、バスケ経験者が、バスケゴールを利用している訳ではなく、何と沙羅が利用していたのだ。


「……つ、次こそは」


 真剣な琥珀色の瞳をバスケゴールへ見据え、バスケットボールを輪の中に目掛けて投げている。投球されたバスケットボールはリングに当たって跳ね返り、沙羅の頭めがけてボールは落ちてきた。


「わ、わわっ———」


 避けることが出来ず、その場に足腰ついてしまう沙羅。見事なバスケボールのヘッドショットである。よく彼女を見やってみれば、すでにボロボロの状態。どうにも、この失敗は一回目という訳ではなさそうだった。


「い、痛いです………またやっちゃいました」

「だ、大丈夫ですか?」


 あまりの沙羅の不器用さに、晴也は看過出来なかった様だ。高校へ向かう途中に彼女を見かけた晴也は、良心から沙羅に声をかける。


「……え、ええ大丈夫です……って、あ、貴方はっ!」

「えっ———」


 瞬間。晴也、そして沙羅の瞳が互いに大きく見開かれる。晴也もこのタイミングで気づいた様だ。声をかけた子がナンパから半ば助けてしまった女の子であると。

 晴也がすぐさま、沙羅に気づかなかった理由はただ一つ。彼女の髪型が異なっていたこと、これに他ならないだろう。

 普段は亜麻色の髪を下ろして靡かせている沙羅だが、このときは髪が邪魔にならない様にポニーテールの髪型にしていたのだ。


(……う、嘘だろ。まさか、また出会ってしまうなんて)


 思わず冷や汗が垂れ始め困惑してしまう晴也。互いに瞳を見つめ合わせていたが、晴也は罰が悪いのかそっと視線を逸らした。


「あ、あの偶然です……ので」

「わ、分かってます! 分かってます!」


 ここまで鉢合わせることがあれば、ストーカーしているのではないか、と思われるのを晴也は危惧した様だ。

 だが、沙羅は先んじて"当然"と言った風にうんうんと頷いている。


「それはそうと、ホント大丈夫でしたか?」


 内心、焦りに焦っている晴也だが表には出さずにもう一度問うた。


「はい……だ、大丈夫です」

「バスケの練習ですか。熱心なんですね」

「っ……授業で次バスケするみたいで。私、運動音痴ですから練習してたんです」

「そうだったんですね」

「はい。でも、中々シュートが入らなくて……そのうえ、頭にばっかりボールが落ちてきて」

「……凄いですね(ある意味で)」

「えっ……?」

「い、いやぁ……運動苦手なのにそこまで熱心に取り組めるのが」


 頭上に何度もボールが落ちてくるなんて、ある意味凄いと感心してしまったのだが、流石に本人にそのことを言えるはずもなく取り繕ってしまった。


「………そ、そんなことないです」


 沙羅は顔を赤くして下を俯く。だが、表情はどこか嬉しそうで口角を緩めていた。


「で、では……自分、急いでるので」

「は、はいっ! わざわざ声をかけてくださってどうもでした」


 ぺこり、と頭を下げ律儀に振る舞ってくる沙羅を認めると晴也は高校へと向かおうとした。

 だが————


「————わ、わわっ」


 再度、自分の後ろでボールを頭にぶつけたであろう彼女の声が聞こえると何だか放っておけなかった。


「……ちょっと、それ貸してみてくれないか?」


 翻って、バスケボールを指差し足腰をその場について彼女に言ってみせた。

 運動がそこまで得意な方ではない晴也だが、流石に沙羅よりは出来ると自負があったのだ。


(見過ごせないし……少しくらいなら教えられるだろう)


 沙羅にバスケの特訓を少しだけ享受しようと思った晴也であった。


♦︎♢♦︎


 バスケをしている最中、沙羅の心はトクン、トクンと高鳴っていた。

 琥珀色の瞳が示すのは、晴也の着ているジャージである。

 青を基調としたジャージは明らかに、自分の高校と同じ物であるのだ。


(同じ高校……ふふっ、大きな収穫すぎます! それに、私にここまで時間を割いてくれるなんてやっぱり凄くいい人です、この方は。必ず学校で見つけてみせます)


 夢見がちな沙羅は、キラキラと瞳を輝かし晴也のバスケ特訓を受けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る