第36話 突然の来訪者
全てを悟ってからは地獄の日々が続いた。
S級美女達が大っぴらに晴也との出会いを詳しく話し出したことで、クラスの話題(トレンド)が一点に絞られてしまったのである。
———その内容というのは、S級美女達を魅了する伝説の男子達は誰だ、といったものだ。
クラスの内情に心底興味ない晴也であるが、その話題が自分のことを褒め称える内容であるため、気にしないのは無理難題なこと。
そもそも、本人からすれば身に覚えのない脚色された内容であるため、突っ込みたいのが現状なのだ。
————英雄。伝説。幻。
そんな名誉ある称号は自分に釣り合うはずがない、と何とも歯痒く恥ずかしい想いをしてしまっていた晴也。
自身の話題が織りなされる度、内心で『やめてくれぇぇ』と叫びつつ、そして
その結果。
(……ふぅ。何とか、バレることなく週末を迎えられたが、こんな生活続くとかキツすぎるだろ)
晴也は、とりあえず今週乗り切れたことに安堵しつつも今後のことを考えれば不安しかなく、思わず頭を抱えこんだ。
♦︎♢♦︎
さて、そんな地獄の平日を乗り越えた矢先。
待ちに待った週末を迎え、一先ずホッと晴也は胸を撫で下ろしていた。いつもなら、髪型や服装を決め込んで外出するところだがS級美女達に遭遇することを危惧してか、なかなか乗り気にはなれないでいる現状。
家の中を『あーでもない、こーでもない』と右往左往しているとインターホンの音が鳴った。
(……ん? 誰だ? 特に宅配とかも頼んでないけど)
基本、一人で過ごすことの多い晴也にとって自宅を来訪してくる人、なんてのはまずいない。ご近所さんとの関係も進展しているわけではないので、ますます自宅を訪れた人物に検討がつかなかったのだ。
不思議に思いながらも、『はい』と返事をしドアを開けると思わず晴也は顔を歪める。
「——晴也、一人暮らし上手くいってるか見に来てやったぞ」
ボーイッシュな髪に服装。そして小生意気なこの凛とした声に口調。突然、血の繋がった少女が来たものだから、晴也は頭を抱えざるを得なかったのだ。
「なんで何の連絡もなしに来たんだ? 真弥」
「ママが様子見に来てあげてっていうから仕方なく来てやった」
「頼んでないし……それと元凶はやはり奴か」
母のご満悦そうな顔が脳裏に浮かぶ晴也。概ね、妹を突然来訪させることで驚かせたかったのだろう。イタズラ好きで生意気な母のことである。それしか晴也は考えられなかった。
「っていうか、晴也。髪ボサボサすぎ、服もだらしない。こんなのが兄だと思いたくないからすぐ改善して」
途端、びしっと人差し指を突きつけて、ぷいっとそっぽを向く真弥。何とも生意気な妹である。一瞬、怒りにも似た感情が腹の奥底から湧き上がってきたがぐっと堪えて晴也は手を仰いだ。
「……いいから、帰れ。俺はうまくやれてるから。母さんにもそう伝えといて」
「まぁ私も晴也のことなんか気にせずに、この辺の地域、観光したいんだけどママの頼みだからそれは出来ないよ」
「ママ、ママって……。早く母さんから卒業しとけ真弥」
「うるさい、晴也。それに、もうあんたがドア開けた時点でチェックメイトなんだから」
「チェックメイト?」
意味が分からず首を傾げると、生意気な妹は晴也の後方……つまり、僅かに覗いている部屋の中を指差した。
「部屋の中……汚い」
「……………」
思わず押し黙る晴也。それはぐうの音もでない正論だった。普段なら、今より綺麗に整頓されているのだが、今日は色々と荒ぶっていて少し部屋の中が乱雑としてしまっていたのだ。
「……はぁ。全くこんなのが兄だなんて思いたくないよ。家上がって掃除してくから」
「————ちょっと待てって」
このくらいなら自分でも掃除できる、と妹の来訪を阻止しようと思ったのだが晴也が口を出す前に真弥は声を重ねて封殺してくる。
「……私。正直者だから、このまま帰させたらママに言って今度はママに来てもらうけど?」
「…………」
あのイタズラ好きで生意気な母親が自宅に来襲してくる。考えただけでも恐ろしかった。妹の方が幾分もマシと言うものである。
(昔は晴兄、晴兄……って可愛かったのにな。いつのまにか、こんなにも生意気になって。そもそも何が晴也だ。俺、お前の兄なんだぞ?)
ただ今の部屋の現状からするに、兄の尊厳なんてもの主張できるはずもなかったので、晴也は渋々……妹を部屋に招き入れた。
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