第14話 S級美女とスーパーへ
晴也と結奈が向かったのは、デパート一階に位置するスーパーマーケットである。
辺りを見回せば、主婦の方やご老人そして、小さな子供など極めて家庭的な人たちがこのスーパーマーケットを利用しているのが目にとれた。高校生、二人。それも、男女でというのは晴也と結奈の組み合わせくらいであろう。
結奈の手を見れば、スーパーの買い物かごを掲げている。その中には、まだ何も入っていないが……かごを利用するということはそれなりの買い物をするということなのだろう。
晴也の予知通り、結奈はそっけなく口を開く。
「……ドリンク、奢りますけど他に買い物してもいいですか?」
「全然問題ないですよ」
くるくると指で髪を巻く結奈に、愛想笑いを振りまくことしか出来ない晴也。居心地の悪さはお互いに健在であるらしい。
カゴを片手に持ったまま先に前を歩く結奈の後ろを晴也はトコトコと着いていく。
(……なんか気まずい。彼女自身が、クールじみてるのも影響してるとは思うが、それにしても気まずいなぁ)
沙羅はポンコツ気味で、どちらかと言えば明るい性格をしていたため"自然"と初対面特有の気まずさはなくなっていたのだが、結奈は違う。
沈着冷静でクールな彼女はどことなく距離を詰めるのが難しいのだ。そのため、距離の詰め方が分からない晴也が気まずくなるのは当然のことであった。
お互い無言のまま、結奈に着いていくとまず野菜のコーナーへと足を運んだ様子。今夜の夕食に使うのか、はたまたストックするためなのかは分かりかねるが、大根やにんじん、そしてじゃがいもを買い物カゴに結奈はいれていった。
(やっぱり……沈黙のままはよくないよな)
彼女も口には出さないものの、よそよそしい態度を見る限りこちらから話を振った方がいい様に感じられた。ちょうど彼女がカゴに食材を入れたために、晴也は意を決する。
「良ければ持ちますよ」
「……大丈夫です」
ものの数秒で断られてしまう晴也である。きっとまた"恩"を受けることに抵抗があるのだろう。それが分かっていても、更に気まずさが増してしまうのだった。だが一度軽く口を開いたために、もう緊張は拭えたのだろう。晴也はふぅと一息ついて続けるのだ。
「買い物のお手伝いとかされてるんですね」
「……いえ、私は一人暮らしなので」
「一人暮らしなんですか?」
「ええ……まぁ多くの方が実家暮らしでしょうから驚くのも分かります」
神妙に頷きながら結奈は、晴也の方には見向きもせず食材を眺めては手にとっていた。
野菜の質や、食材の鮮度を判断している彼女の姿はいかにも家庭的であると晴也は感じる。
「いや、自分も一人暮らしですから親近感が湧きまして……」
「あっ、そうなんですね」
「一人暮らしって結構大変ですよね」
晴也はそれを大いに痛感しているのか、その言葉にはどうにも重みが感じられる。
「一人暮らしなのでしたら、貴方も何か買わないでいいんですか?」
「自分はもう基本少食なので大丈夫です。それに、カップラーメンと冷凍食品は常備してますし」
「………不健康ですね」
呆れ果てたのか、普段からキリッとしている青の瞳をより細めて晴也に苦言を呈す結奈。
ぐうの音もでない正論だった。
「あ、あはは……」
勿論、晴也自身……この食生活がまずいという自覚は何度もしてきた。そのため、何度か自炊しようと試みたことはあるのだが、面倒臭くなって結局、三日坊主に終わってしまうことを繰り返してきたのである。
「…………」
取り繕った笑みを浮かべていると、じーっと有無を言わさぬ視線を降り注がれたため、晴也は罰が悪くなったのか、話を切り替えた。
「そういえば、先程の"少女漫画"ですけど他に好きな少女漫画とかあるんですか?」
「………っ」
晴也の言動に、結奈の青い瞳が見開かれる。
待ってましたと言わんばかりに、期待に満ちている様にも驚いている様にも見えた。
口をつぐみ、瞳を見開いて固まる結奈を認めると晴也は"悪手な話題"だったかと焦ってしまう。だが、結奈は黒髪を人差し指でくるくると巻いてクール気にこう溢したのだ。
「……隣の王子……とか」
「え、隣の王子読んでるんですか?」
「ま、まぁ……」
「あの最初の方のシーンで、ヒロインに気を遣ってくれる王子のとことかめちゃ痺れますよね!」
隣の王子、というのは特に晴也が好きな少女漫画の一冊である。周囲に語り合える者がいないために、晴也は興奮して声音を高めた。
結奈はきゅっと口を結んでは、青の瞳を揺らせて小さな声で『……分かる』とこぼす。
何故か頬を僅かに赤く染める結奈であるが、晴也は同志だ、と一人内心でテンションを高めていた。
(……いやぁ、この人とは語り合えそうだ)
♦︎♢♦︎
(……凄く語り合いたい。けど、なんか恥ずかしいな……)
(この男の人、気遣いできるしいい人そうだけど……あまり心を開くのもよくないよね)
そんな中、食材を買い物カゴに入れていく結奈は、一人内心で葛藤を起こしていた。
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