第13話 S級美女と少女漫画
5分ほど時間が経てば、晴也と結奈の間にあった気まずい空気もそれなりには緩和されていた。お互いに目当てだった"少女漫画"を譲りあった結果、結奈が購入することになる。
(……ホントは譲りたくなかったけど、今回ばかりは仕方ないよなぁ)
少女漫画を『どうぞ、どうぞ』と譲り合っていたときのこと。結奈の表情や言動から、晴也は察知してしまっていたのだ。彼女は自分と同じ位、"少女漫画"に対して情熱がある、と。
そのため、惜しくはあったものの晴也は彼女に少女漫画を譲ったのである。
「ホントに良かったんですか? 私が買うことになって」
「全然大丈夫です。それに日を跨げばまた補充されるでしょうし」
「……まぁそうだとは思うけど」
先程から黒の触覚を指でくるくると巻いては、抑揚のない声音で返答してくる彼女。
どうにも落ち着きがなくそわそわしている様に晴也の瞳には映った。
(緊張してる……? いや、緊張というよりかは"警戒"している感じがするなぁ……)
勿論、晴也自身……この件をきっかけとして、恩に着せたり彼女とお近づきになろうなどと考えてはいないものの、実際にその類の男が一定数いることも事実。ましてや、結奈はクラスで"S級美女"と呼ばれる程の美少女だ。
実際、これまでに、そういったことを経験していても何ら不思議ではないのである。
「……では、自分はここで」
彼女の放つ"警戒心"に配慮して、晴也は結奈の元から去ろうとした。どうせ関わるのもこれっきりであるし、彼女としても自分が長居するよりすぐさま去った方が安心できるだろう。
そんな考えの元からの言動であった。
「……っ」
晴也の言葉を聞くと、結奈は青の瞳を見開いて不思議そうに晴也の顔を見つめていた。
恩に着せない晴也を見て困惑しているのだろう。
「別にこの縁をきっかけに何かしようなんて思ったりしてないので。失礼な話かもですが……ぶっちゃけそう思いましたか?」
すっとどこか気まずそうに目を逸らし固まる結奈を認めると、思わず晴也は苦笑した。
恩を売ってあわよくばお近づきに。
そんな手法はタチが悪いが、実際にはあり得ること。晴也は自分の推測が正しかったことが判明すると、ホッと胸を撫で下ろす。
「まぁ……そんな訳で自分はそろそろ」
下手に話せば、余計彼女を警戒させてしまうだろう。どこか落ち着きがない彼女を気遣って晴也は書店を出ようとしたのだが———。
「……ちょ、ちょっと待ってください」
背後から凛とした声で呼び止められたのだ。
青の瞳をこちらに向けて、黒髪をいじりながら彼女は続ける。
「少しだけでも……お礼をさせてください」
「いやいや、そんな大袈裟ですって……」
単に少女漫画を譲っただけのこと。お礼をされるほどのことをしたわけではないのだ。
それでも、結奈が引くことはない様子。結奈はムズムズと身体を動かしながら、こう言い放ったのだ。
「受けた恩は返さないと私、ダメなタイプで。それこそ、貴方が言われた通り……後から恩に着せようとしてくる男が散々いたので、恩はすぐ返さないと気が済まないんです」
彼女の話を聞いてなるほど、と晴也は神妙に頷く。こう言われてしまっては、素直に厚意を受け取らないわけにもいかなかった。
幾度となく、男から多くのアプローチを受けてきたであろう結奈のことを思えば、後から自分が恩に着せない様にするのが道理である。
「……そう言われますと、困りますね」
苦笑を浮かべると、結奈は申し訳なさそうに晴也を見てきた。
「軽くジュースだけでも奢らせてください。すみません」
「……では、お言葉に甘えて」
「ありがとうございます。なら、自動販売機で」
「あぁ……全然一階のスーパーで問題ないですよ」
自動販売機で買うよりはスーパーで買う方が格安であるため、そう晴也は提案した。
コクリと結奈は頷くと一人、少女漫画を片手にお会計へと向かっていく。
(……それにしても、ここ最近は美少女に出会ってばかりだな)
内心で苦笑いを浮かべながら、晴也が思い起こすのは沙羅との出会い。そして、今日で起きた結奈との縁。
不思議なこともあるもんだ、と晴也は結奈の後ろ姿を見つめていた。
♦︎♢♦︎
結奈が少女漫画の会計をしていたとき、彼女は一人、頭をある男のことでいっぱいにしていた。
(……あんな見た目の男の人でも、少女漫画読むんだ。どんな作品が他に好きなんだろ。誰推しとかあるのかな……)
少女漫画が好きということを、誰にも明かしていないという事実。
それは、晴也と結奈に共通していること。
結奈は初めて少女漫画好きな男子を目撃したために、内心では興味深々になっていたのだ。
(………ちょっと、少女漫画のことで話してみたいな)
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